“ピンポーン”
ありきたりなインターホンの音を聞きながら額に浮かんだ汗を拭って、手元の紙と地図アプリを起動したスマホを交互に見比べる。本日何度目になるか分からないその行為のせいで、地図アプリを起動しっぱなしのスマホは熱を持ち、住所が書かれた紙は渡された当初より草臥れていた。
（本当にここで合ってるの……？）
今インターホンを鳴らした家は豪邸とまでいかずとも周りの家より1回りほど面積が広い。
場所を間違えないために、昨日地図アプリでこの家の画像を見た時は本気で気絶するかと思った。
『……はい』
「あ、えっと中島です」
インターホンから聞こえた低い声に思わず敬語で答えてしまう。この家に住んでいるのは笠原親子だけだから、この声の主は必然的に笠原くん本人ということになる。
ガチャリ、と玄関の扉が開き私服姿の笠原くんが姿を見せる。今の笠原くんの様子を一言で表すとするなら……
（め、めちゃくちゃ不機嫌そう……）
笠原くんの眉間には深い皺が刻まれ、見るからに面倒くさそうなその態度に歓迎されてないことだけは痛いほどよく伝わった。
「……入れば？」
「あ、はい」
お邪魔します。と呟いて足を踏み入れれば、柔らかな色合いで統一された室内が私を出迎えた。綺麗に整理された、掃除がされた清潔な室内はあまり生活感を感じない。
「ポカンとしてないでさっさと上がれよ。スリッパはそれ」
「あ、ありがとうございます」
指さされたスリッパは新品で白色をベースにしたもので、端に藍色で猫の刺繍が入れられていてとても可愛い物だった。わざわざ用意してくれたのかと少しだけ嬉しくなる。
「部屋、案内するから」
「よろしくお願いします」
喜びに浸る間もなくすたすたと歩いていく笠原くんのあとを早歩きで追いながら階段を上がり、1番左端の扉の前で立ち止まる。
「部屋はここ。俺の部屋は反対側だけど用がない限り来るなよ。リビングとかキッチンにあるものは好きにしろ」
「分かりました。ありがとうございました」
笠原くんは自分の役目は終えたとばかりにさっさと自分の部屋へ戻ってしまった。こんな調子であと1ヶ月間、2人きりで過ごすと思うと今から胃が痛い。
笠原くん、もとい笠原悠磨（かさはら ゆうま）くんは私の学校でその名を知らない人がいない程の超がつく有名人だ。
成績は常にトップ。運動神経も抜群で、1年の頃からサッカー部のエースとして活躍している、謂わば文武両道のハイスペック人間である。そこに顔も良くてスタイル抜群という要素が追加されれば、学校のアイドルになるのに時間はかからなかった。
何の因果か、私はそんな完璧人間の笠原くんと2年連続同じクラスになっている。ちなみに私たちの通っている高校は全校生徒数が4桁を超えるほどの大きな学校で、クラスも各学年に8クラスずつ存在している。8分の1の確率で同じになるとは、偶然もここまで来ると逆に怖い。
恐らく笠原くんにとって私はクラスメイトの1人くらいの認識（顔くらいは覚えていてほしいという希望）だろうけど、人気者と同じクラスになると他クラスの女子から連絡先を渡してくれだの好きな女の子のタイプを聞いてくれだのと色々と面倒くさい思いをしたのを覚えている。女子って怖い。笠原くんに群がる女子を見て、獲物を捕食するハイエナを連想した私に罪は無い。
（……少しくらい、仲良くなれるといいな。うん、頑張ろう）
後ろ向きになりかけた思考を止め、喝入れの意味を込めて自分の頬を思いっきり叩く。
少しヒリヒリする頬を撫で、目の前のダークブラウンの扉を開けるとそこは10畳ほどの広い部屋だった。しかも、ウォークインクローゼット付き。
「わ……！」
まさかこんなに良い部屋が貰えるなんて思っていなかったから、予想外の広さに驚いてしまう。
部屋の大きな窓には薄いレースのカーテンとパステルグリーンのカーテンが付けられていて、壁際には木製のベットが置かれている。
前に住んでいた家は1Kのアパートだったから、自分の部屋なんて夢のまた夢で、自分の部屋が欲しいと思ったことはあったけど、叶うはずもない事を口にしても意味は無いと思っていたから、お母さんにも言ったことは無かった。
それでもやっぱり簡単には諦めきれなくて、もしも自分の部屋があったら……なんて妄想をしたこともあった。
「まさか、こんな形で現実になるなんて……」
ひとり言を呟きながら部屋に備え付けられていたベットにごろりと寝転がる。
ベットも憧れていた物の1つだったから、マットレスの寝心地の良さに驚いてしまう。
「……嬉しすぎる」
にやけそうになる口元を抑えてなんとか普通の顔を保つけど、やっぱり口角が上がってしまう。まるで、小さい子供がクリスマスにサンタさんからプレゼントを貰った時のような気分。
さっきまで笠原くんの態度に落ち込んでいたのが嘘のようだ。自分でも単純な性格だと思う。
「荷物の整理始めなくちゃ」
魅惑のベットから起き上がり、部屋の隅にまとめて置かれていたダンボールを開ける。そこまで多くはないけど、それでもやっぱり1人で整理するには大変だ。
目標として、今日中に半分くらいは終わるように頑張ろう。
そう決意しながら、部屋の隅に置かれていたダンボールを開けた。
ありきたりなインターホンの音を聞きながら額に浮かんだ汗を拭って、手元の紙と地図アプリを起動したスマホを交互に見比べる。本日何度目になるか分からないその行為のせいで、地図アプリを起動しっぱなしのスマホは熱を持ち、住所が書かれた紙は渡された当初より草臥れていた。
（本当にここで合ってるの……？）
今インターホンを鳴らした家は豪邸とまでいかずとも周りの家より1回りほど面積が広い。
場所を間違えないために、昨日地図アプリでこの家の画像を見た時は本気で気絶するかと思った。
『……はい』
「あ、えっと中島です」
インターホンから聞こえた低い声に思わず敬語で答えてしまう。この家に住んでいるのは笠原親子だけだから、この声の主は必然的に笠原くん本人ということになる。
ガチャリ、と玄関の扉が開き私服姿の笠原くんが姿を見せる。今の笠原くんの様子を一言で表すとするなら……
（め、めちゃくちゃ不機嫌そう……）
笠原くんの眉間には深い皺が刻まれ、見るからに面倒くさそうなその態度に歓迎されてないことだけは痛いほどよく伝わった。
「……入れば？」
「あ、はい」
お邪魔します。と呟いて足を踏み入れれば、柔らかな色合いで統一された室内が私を出迎えた。綺麗に整理された、掃除がされた清潔な室内はあまり生活感を感じない。
「ポカンとしてないでさっさと上がれよ。スリッパはそれ」
「あ、ありがとうございます」
指さされたスリッパは新品で白色をベースにしたもので、端に藍色で猫の刺繍が入れられていてとても可愛い物だった。わざわざ用意してくれたのかと少しだけ嬉しくなる。
「部屋、案内するから」
「よろしくお願いします」
喜びに浸る間もなくすたすたと歩いていく笠原くんのあとを早歩きで追いながら階段を上がり、1番左端の扉の前で立ち止まる。
「部屋はここ。俺の部屋は反対側だけど用がない限り来るなよ。リビングとかキッチンにあるものは好きにしろ」
「分かりました。ありがとうございました」
笠原くんは自分の役目は終えたとばかりにさっさと自分の部屋へ戻ってしまった。こんな調子であと1ヶ月間、2人きりで過ごすと思うと今から胃が痛い。
笠原くん、もとい笠原悠磨（かさはら ゆうま）くんは私の学校でその名を知らない人がいない程の超がつく有名人だ。
成績は常にトップ。運動神経も抜群で、1年の頃からサッカー部のエースとして活躍している、謂わば文武両道のハイスペック人間である。そこに顔も良くてスタイル抜群という要素が追加されれば、学校のアイドルになるのに時間はかからなかった。
何の因果か、私はそんな完璧人間の笠原くんと2年連続同じクラスになっている。ちなみに私たちの通っている高校は全校生徒数が4桁を超えるほどの大きな学校で、クラスも各学年に8クラスずつ存在している。8分の1の確率で同じになるとは、偶然もここまで来ると逆に怖い。
恐らく笠原くんにとって私はクラスメイトの1人くらいの認識（顔くらいは覚えていてほしいという希望）だろうけど、人気者と同じクラスになると他クラスの女子から連絡先を渡してくれだの好きな女の子のタイプを聞いてくれだのと色々と面倒くさい思いをしたのを覚えている。女子って怖い。笠原くんに群がる女子を見て、獲物を捕食するハイエナを連想した私に罪は無い。
（……少しくらい、仲良くなれるといいな。うん、頑張ろう）
後ろ向きになりかけた思考を止め、喝入れの意味を込めて自分の頬を思いっきり叩く。
少しヒリヒリする頬を撫で、目の前のダークブラウンの扉を開けるとそこは10畳ほどの広い部屋だった。しかも、ウォークインクローゼット付き。
「わ……！」
まさかこんなに良い部屋が貰えるなんて思っていなかったから、予想外の広さに驚いてしまう。
部屋の大きな窓には薄いレースのカーテンとパステルグリーンのカーテンが付けられていて、壁際には木製のベットが置かれている。
前に住んでいた家は1Kのアパートだったから、自分の部屋なんて夢のまた夢で、自分の部屋が欲しいと思ったことはあったけど、叶うはずもない事を口にしても意味は無いと思っていたから、お母さんにも言ったことは無かった。
それでもやっぱり簡単には諦めきれなくて、もしも自分の部屋があったら……なんて妄想をしたこともあった。
「まさか、こんな形で現実になるなんて……」
ひとり言を呟きながら部屋に備え付けられていたベットにごろりと寝転がる。
ベットも憧れていた物の1つだったから、マットレスの寝心地の良さに驚いてしまう。
「……嬉しすぎる」
にやけそうになる口元を抑えてなんとか普通の顔を保つけど、やっぱり口角が上がってしまう。まるで、小さい子供がクリスマスにサンタさんからプレゼントを貰った時のような気分。
さっきまで笠原くんの態度に落ち込んでいたのが嘘のようだ。自分でも単純な性格だと思う。
「荷物の整理始めなくちゃ」
魅惑のベットから起き上がり、部屋の隅にまとめて置かれていたダンボールを開ける。そこまで多くはないけど、それでもやっぱり1人で整理するには大変だ。
目標として、今日中に半分くらいは終わるように頑張ろう。
そう決意しながら、部屋の隅に置かれていたダンボールを開けた。
