2人なら…「推しと彼氏と彼女の関係」

終電待ちのホームは静かで普段より声が響く。

だからこそ少しの間が嫌で…つい余計なことがポロリと溢れてしまう。

「なんか…色々と勝手なことを言ってしまって、ごめんね。」

「えっ…?」

「ほら…心ちゃんの恋愛観が白黒し過ぎてて、私…余計なことを言っちゃったかなと思って。」

「(笑)なんか…子供っぽくて可愛かったよなっ」

「えっ…そういう感じなの。男の人って。」

あっ…また失言?カモ。

「完全にカエル化現象の一つでしょ(笑)口では非効率とか言ってるけど…ピュアなんだよ。きっと…」

リュウ…。

リュウは、優しくて大人で…

確かに、心ちゃんには次があるだろうし半分聞き流してもいいのかもしれない。

恋愛をしたいと思うたびに彼女の考え方が変わるに違いない。

ただ…心ちゃんのエゴも分からなくはない…。

「ねぇ…ハル。確かに心ちゃんは白黒し過ぎているのかもしれないけれど…俺たち、このまま白黒つけないのも良くないよね。」

「えっ…?」

「グレーのままは良くないなと思ったよ。」

「俺は…いつかとかじゃなくて。
子供は作れないよ。…自分が望んでも相手が望んでも叶えることはできない。」
「リュウ!…だからなの!…ごめんね。私、そんなつもりで言ったんじゃなくて…」

思ったより大きな声が出てしまって、ホームに響く。

「リュウがいれば、いつか…とかじゃなくて、子供なんかいらない。リュウが側にいてくれればいいのっ。」

「ありがとう…けれど人の心って変わるんだ。
ハルもさっき言ったでしょ。」

「違う…そうじゃなくて。」

私の声はホームに滑り込んできた電車のブレーキ音で掻き消されたようだ。

確かにそう言ったのは私。

けれど、変わってしまう気持ちと変わらない気持ちがあるのは事実だ。

心の中で半泣きになる私の手を引いてリュウは終電に乗り込んだ。

そしてギュッと私を抱き寄せる。

空席とまばらな人々を横目に…入口の扉に身体を寄せる。

リュウの両腕の温もりに泣けてくる。

こんなに好きだから…先のことなんて考えたくない。
グレーにしている私。

走り出す電車の揺れに2人で身体を委ねる。

リュウの心臓の鼓動を感じながら、私の胸の中が複雑に絡み合うのが分かる。

未来の私は、何を思うのだろう。

明日の私はもしかして…リュウの子供が欲しくて仕方がない…そう思っているのかもしれない。

「私ね……先のことなんか…」
次の言葉を停めるかのように…リュウは私にキスをする。

車両の揺れのせいで唇が強く重なったり…緩んだり…。

きっと…
リュウにはたくさん言いたいことがある。


「お願い。リュウ、抱いてよ…。」


もしかしたら、明日の私は…

リュウの子供が欲しい…

そう強く願っているのかもしれない。
…共有か略奪か…

scene No.3

リュウはそっと私をベッドに座らせる。
キッ…ときしむマットレス。

手首を掴むリュウの手のひらは汗ばんで少し乱暴に私を倒して行く。
…そして、シャツのボタンに手をかける。

震える息を堪える私に、リュウは目を逸らしたまま…肩をきつく抱きしめる。

ギュッとされたのも束の間、リュウは身体を離すと自分もシャツを脱ぎ捨てて、半分はだけた私の服を下着ごと落とした。

ベッドの真横のカーテンを隙間なく閉じたリュウは、月明かりを遮断して自分の身体を闇へと落とし込む。

1ミリも光を無くしたこの部屋で温かく触れるのはリュウの胸。

スゥとさほど変わらない鍛えられた胸板。

こんな時に…スゥの身体を思い出すなんて、リュウの葛藤と同様に私も葛藤している。

リュウの胸に唇を寄せて…スゥへの想いも脳裏によぎる。

リュウは利き手に巻いた包帯の先を、口に咥えてもどかしそうに取り払う。

傷の露わになった手で私の髪に触れながら唇を合わせて…何度目かのキスで、「後悔…しない?」と私に聞いた。

リュウとスゥには、幼い頃に刻まれた大きな心の傷がある。
〝後悔〟がどれ程…怖いものかを2人は良く知っている。
ピュアだったからこそ、美しかったからこそ…
アキちゃんがいなくなったあの日の後悔は心に深く突き刺さっているのだ。

〝後悔〟と上手く向き合えず、自分の恋愛感情をコントロールできないスゥ。

自分のコンプレックスを理解してくれた友人を失くした喪失感と〝後悔〟に苦しんだリュウ。
恋愛観が歪んでも仕方がない。

幼かった2人にとって純粋過ぎるアキちゃんの切ない記憶は彼らの恋愛感情に少なからず影を落としてしまっているのかもしれない。

後悔なんかしない。

2人を好きになってしまったことに。

ただ…得体の知れない深みに堕ちていくかもしれない自分に少し怯えているのは確か。

ただ…止められない。

もしかしたら…

リュウに抱かれたら2人のうちどちらかに感情が傾いて私の中で明確な答えが出ないかという淡い期待は自己中だろうか…

最低な自分。


リュウにとって私の身体のトリセツは簡単で…容易い。

優しく触れる癖に…攻め方が男以上に激しく卑怯。

繊細な部分を知られているのは…卑怯…

隠していたい弱味を握られているようなものだ。


そこは…ダメ…リュウ…お願い…


紅潮する私の身体を冷静に見下ろすリュウは、白く冷たい月が波の行方を支配しコントロールするように静かで…それでいて秘めた激しさに狂わされる。
私は、堕ちていく身体の快感を悟られまいとリュウの背中にしがみつく。

彼は、押し寄せる波をせせら笑うように私の中を掻き回し…絶対に自分には触れさせない。

「リュウ…私だけ…こんなのズルい。」

「ハル…俺は…俺に生まれて良かったなんて一度だって思ったことが無い。
でも、今は違う。」

リュウは指先に力を込めて…私の胸元を強く吸った。

「ああぁ…
私はリュウだから好き…そのままのリュウだから……
あぁっ…………ダメ…そこは… 」

津波のような大きな波に飲まれて、真っ白に飛んだ頭の裏側でリュウが吐息と共に泣いているように感じた。

私は目を閉じたまま…リュウが脱げなかったズボンのファスナーに手をかける。

私は…

私以上に濡れている彼を…抱きしめる。

「リュウはリュウなんだよ。それ以外のカテゴリーなんて要らない…。」

「愛してるよ…ハル。」

この夜…私の身体は絶頂と幸福を知った。

それは確かに男でも女でもなく…

人間は性への執着と感情の高ぶりが生殖以上に心を満たすものなのだということに気付かされた。

快楽に翻弄される私は自分でも驚く程の声を上げる。
「あぁ………っリュウ、ダメ………
知ってるでしょ…どうなってしまうか…」
敏感な部分に指をあてがられて、懇願する私。

リュウの激しい指先を止めようと手首を掴む…

彼は愛おしい顔に冷たい表情を浮かべて私を見下ろす。

そして自分も震えるような吐息をこぼして

私のしなる身体に容赦なく囁く…

「いっちゃえよ…ほら…もっと…」

耳元で囁く。



答えは…

リュウか?スゥか?…

明確な、答え…


私は私が堕ちていくのが分かった。

深い深い底の無い沼に…。



…共有か略奪か…
scene No.4
〈ヘアーサロン リンドフィールド〉

「流青、ちょっといい…コンテストのことでスタッフから、電話……」
オーナーがバックヤードからリュウを呼ぶ。

「あっ…はい、今行きます!」
リュウはアリスさんの前髪を少し整えると、後はよろしく…と私に目配せをした。

「すみません、アリスさん。失礼しますね。」
「あぁ〜んっ!滝沢君!!」
アリスさんは、バックヤードに向かうリュウの背中に両頬を膨らませた。

「ありがとうございました。ケープ、外しますね。」
私は少し緊張した面持ちでアリスさんに声をかけた。

アリスさんは軽くうなづくと、
「この間はごめんなさい…あの日、仕事でむしゃくしゃしてて…」と髪を掻き上げた。
鏡越しのアリスさんにドキドキする。

あの日…とは、お店を出たところで平手打ちされた日のことだろう。

「人を叩くなんて…どうかしてたと思う。」
アリスさんの声のトーンはとても大人だったが幾分か棘を感じる。

「いいえ…あの…大丈夫です。どうか忘れて下さい。」

顔中が熱くなる私に、アリスさんがたたみ掛ける。
「2人のあんな姿…見たくなかった。
…て、いうか…私、滝沢君が好き。
あの時、確信した。」

「あの日のことは…どうか忘れて…下さい。」

「それは…どっちの意味っ⁈」
ここでキスしてた事を、忘れてくれってこと?
それとも…滝沢君への想いを、忘れてくれってこと?

アリスさんはバックヤードに聞こえないように、声をひそめるが、鏡越しの目力には相当な力がこもっていた。

「あれは…軽率だったと思います…けど…」

「けど、何? 
それに…
さっき、コレ、トイレの洗面で拾ったの…。
桐島さんのでしょ。」

「あっ…それは…」

「どういうこと?」

「違うんです…これは、本当に誤解で、弟が…。
スゥが、恋愛成就と間違えて買っちゃたもので…」

アリスさんは、スタイリングチェアからの立ち上がると大きなため息と共にピンクのお守りを見つめた。

化粧直しをした時にポーチから落ちたのだと思う。

例の安産祈願の御守り。

「taiga君も困ってた…。
スゥ君、顔に傷作って富山から帰って来たって。
撮影あるのに…。
化粧で隠したり、加工したり…幾らでも出来るけど、自覚がなさ過ぎるって。」

そうです…よね。

「滝沢君だってそう…コンテスト前だっていうのに、右手に包帯って…。
だいたい彼らしくないっ。」

「………ごめんなさい…。」

「何で…?桐島さんが謝るの?意味分かんない…。

ごめん、桐島さん。また…あなたを引っ叩いてしまいそうになるっ!!

私が軽率でした…なんて言わないでよねっ!!」

アリスさんは、私の手に握らせようとした御守りを床へと投げつけた。

2人なら…「推しと彼氏と彼女の関係」

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