2人なら…「推しと彼氏と彼女の関係」

「リュウ…リュウが居なかったら、私…今頃…。」

ドライヤーに掻き消される、私の声。

リュウの繊細な指先が私の頭皮をリズミカルに跳ねる。

でも…結局、リュウがあの場に居ても居なくても…私はリュウに助けを求めてた。

そう思う。

「ありがとう…リュウ。」

「ん?」

リュウがドライヤーを止めてこちらに少し首を傾けるのが分かる。

「私、ここに居たい。リュウの…側に居たい。」

俯いたまま、その答えを待つ。

音が止まった部屋に私の吐く息だけが空気を震わす。

リュウはドライヤーを置くと後ろから私の背中を抱きしめる。

「帰さないよ。あの部屋にも…朱雀にも。
ハルは返さない。」

耳元のリュウの声はいつも通り優しいけれど力強く…

私にだけ。
本当に、私にだけ囁いてくれていた。
ぎゅっと…私を縛り上げるリュウの両腕。

その腕に頬を寄せたくなる。

リュウの側に居たい。

今日は優しいリュウの腕に溶けていたい。

思わず身体をよじる。

リュウの肩に腕を伸ばしてしがみ付くと頬も…首筋も…
リュウの身体は温かくて、生きることにためらうことなく脈を打っていた。

私にはそれがとてつもなく愛おしく思えた。

奈々美ちゃんの血の気の無い顔を思い出して、目の奥が熱くなる。

「怖い思いをしたんだね。
俺のせいで…早退させちゃったようなもんだしね。」

「うううん。早退したからこそ奈々美ちゃんは助かった。その…偶然が怖くて…。
もし…あの時、早く帰ってなかったら…ってそう思うと考えただけで怖くて。」
「ごめんな。ハル…怖い思いをさせて。」

リュウは私の首筋にそっと額を擦り寄せる。

「だから…笑 何で…?笑
リュウが謝るの?
奈々美ちゃんは助かったんだから…。」

「は…ははっ。そうだね…。それが良かったんだし。
何か…別のこと思い出しちゃって。昔の…
あっ…いや、その…いいんだ。」

「昔?
それって、もしかして…アキって子のこと?」

推しと彼氏と彼女の関係
scene No.2

私はリュウに向き合って座り直す。

「ごめん。本当にもういいんだっ。
ハルには関係ないのに。
さっきも…突然、好きだとか、罪滅ぼしとか…余計なこと言ってしまって、悪かったと思う。
混乱させたのは俺だよ。」

「話して…リュウ。
私、リュウのことが好き。
スゥ…じゃなくて、リュウだから…。
リュウのことが好き。」

「ハル……。」

「だから、何でも聞きたいし…知りたい。
リュウのことは何でも知りたい。」

私はリュウの漆黒の瞳の目力に負けて…吸い込まれてしまわないように…じっと彼を見つめ返した。

「ハルはきっと…朱雀を求めて選ぶ。
俺がどんなにハルのことを思っても。」

「リュウっ!それは…ちょっと…っ!」

「けどっ…ハルを思う気持ちは負けない。
それだけは言える。
だから…これも気にしない。」

リュウは私の髪を優しく払うとスウェットの首元を広げた。

スゥの唇の跡。

吸われた跡。




「リュウ…私は、2人のことが…。」
言いかけた私の言葉をリュウの人差し指が止めた。

「昔…幼い頃。
アキは、俺と朱雀…どちらも好きだと言った。
2人のことが、好きだと言ったんだ。」

リュウは人差し指を引っ込めて私を見る。
愛おしさが溢れるその瞳は、目の前の私ではなく…アキ…その子に向けられたものだろうか。

「3人、いつも一緒だった。
自転車の遠乗りも、ルールのあって無いようなサッカーも…ゲームもイタズラも…。
柿を取ろうとして、学校の窓を割ったっけ。(苦笑)
3人いつも一緒だった。」

優しくて、何でも知ってる流青が好き。
見ていて飽きない、ワクワクをくれる朱雀が好き。

アキは屈託の無い顔で…計算なんてしてないくせに…純欲すぎる笑顔で僕らを毎回デレデレにするんだ。
その笑顔が好きで…だから僕らにとってアキは親友であり初恋の人だった。

ある時、聞いたんだ。

もちろん、そんなことをサクッと聞けるのは朱雀の方で…

「俺とリュウ、どっちが好き?」

てね。

「らしい。小さい頃からデリカシーに欠けてんのよねっ。」

私は口を尖らせる。そして…笑ってしまう。

「アキは何て答えたと思う?」

「2人とも好き…でしょ。」

「(笑)そう。大きくなったら2人と結婚するって。」

「ははっ!可愛いなぁ〜。
小学生だもん。そんなことも言えちゃうわけで…。」

でも、分かる。
その気持ち…私はアキちゃんの気持ちが分かる。

「でも…アキは分かってたと思う。
もちろん、子供だったからどう表現していいかは分からなかったかもしれないけれど…。
頭のいい子だったから、分かってた。」

「2人とは結婚できないってこと?笑
可愛いなぁ…そしていい思い出。
2人とも好きって言うのはたぶん本当だと思う。」


「だけど…でも、アキはいつか朱雀を選ぶ。俺はそう思ってた。実際…そうだったと思う。」

「実際…って。お互いに子供…だったんだし…本気…?と言っても曖昧じゃない?
現に、私はリュウを選んでる。
そうでしょ…。」

リュウは私を見つめたまま…手櫛で髪を撫でた。

11年前。

富山県 氷見市

山の頂上から秋の色が少しずつ降りてくる。
紅葉には少し早くて…僕らの街の、僕らの視線にはまだ緑の葉が多く残っていたと思う。

そんな10月の中ごろ。

小学校の裏門から少し行くと小高い丘があって…通称〝タンク山〟と呼ばれる大きな貯水タンクがあった。

タンクのフェンスには夏の間に伸びた蔦の葉が色褪せつつも絡まり、空にはあきあかねの小さな群れが…秋晴れに映えていたのを覚えている。

俺と朱雀は、その大きなタンクより少し先にあるクスノキの根元に秘密基地を作った。

アキの為に。 

アキの誕生日まで…このことは秘密。
2人で秘密基地をプレゼントするつもりだったんだ。

僕らはアキが驚いて、目をキラキラさせて喜ぶ姿を見たい…その一心で町の木材屋さんから木材の破片をもらったり、もちろん山林の枝を切ったりして集めたりもしたよ。

いつだったかアキが言ってた、3人で星が見れるような…場所。

小さな漁港の町で1番高い所にツリーハウスを作ったんだ。

秘密のツリーハウス。

「すごいっ!素敵なプレゼントだね!」

リュウの話を聞いていると私の方がワクワクしてきた。

無邪気に秘密基地を作る…幼い2人を想像する…。

背丈ほどあるセイタカアワダチソウを掻き分けて進むと…
目の前に広がるススキ野原。

町で1番高い場所にあるクスノキ。

「星に…1番近い場所だ…。」

「そう。アキに満天の星を見せたかった。」




リュウは…少し声を詰まらせて、ソファーから腰を滑らす。

私の隣に向き合うようにして座ると、改めて私を抱き寄せた。

「アキ…さん。今、どこに?」

リュウは私を抱きしめる腕に力を込める。

そしてその答えを言わないまま続けた。


俺たち2人の待望の基地が仕上がって…いよいよ明日はアキの誕生日。

俺と朱雀とアキは誕生日の放課後にタンク山に集合する約束をして別れた。

そしてその後、俺はいつも通り塾に行って…その帰りに近所の知り合いのおばさんに声をかけられた。

「今年は柿、いっぱい取れよって…
持ってかれ〜。ほれ、た〜んと。(笑)」

「あ…ありがとうございます。」

持ってかれ、持ってかれ…なんて言って紙袋いっぱいの柿を俺に手渡して来た。