コーヒーを啜りながら、クッキーを食べる。しょっぱいのと甘いのがずっと食べていられるように、苦いのと甘いのもずっと食べていられる気がした。
テレビのおかげか雨の音はあまり気にならなくなってきた。しばらくは降り止まないそうだから気は重いが、不思議とそこまで嫌に思わなかった。雨が続くのなら、こうやってコーヒーでも飲んでのんびりしていればいい。空は暗いし、ザーザーと音がするし、そのせいで部屋の空気は重苦しい。でもそんな気持ちも、コーヒーと一緒で美味しく感じられるのではないか。そんなふうに思った。
最後の一口を飲み干すと、急に手持ち無沙汰になってしまった。テレビはそんなに真剣に見ていなかったので、内容があまり頭に入っていない。何をしようかと思いつつ伸びをすると、充電器に繋ぎっぱなしになったスマホが目に入った。画面をつけるとメッセージアプリの通知が来ていたので、中身を確認して返信する。特段重要なことはなく、友達同士の戯れ程度だ。ただ、一人ぼっちで家にいる時、そういう戯れはなんだかんだとても嬉しいものである。
返信し終わった後も、適当に色んな人とのメッセージを見返す。ふと目に付いたのは、お父さんからのメッセージだった。一番最後にやり取りをしたのは一か月前。改めて見返してみると、私の返信はとてもそっけないものだ。お父さんが嫌いなわけでも、反抗期なわけでもない。寂しい気持ちを見せたくないからそっけなくなってしまうのである。たまには電話してみようか、そんなことが頭をよぎる。家族が恋しくなったのもあるし、何よりブラックコーヒーを飲めたことを報告したい気分だった。三回目のコール音がなり始めたタイミングでお父さんは電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、お前が電話してくるなんて珍しいな。何かあったか?」
聞き慣れた声がスピーカーから流れてくる。こうやって声を聞くのはかなり久々だ。
「別にたいした用はないんだけど……」
「じゃあなんだ、寂しくなったのか?」
「なっ、そういうわけじゃないし」
「えー、父さんは寂しいけどな」
本気なのか冗談なのか分からないトーンで言われて、答えに窮する。ここで、私も寂しいなんて正直に返したら、笑われるんじゃなかろうか。この人はそういう人だ。
「……じゃあ、今度家帰るよ」
遠くはないが、頻繁に帰ってしまったらもっと恋しくなる気がして、あまり帰れていない実家。なんだか今は無性に帰りたい気分である。
「え、めっずらしー。じゃあ、お酒でも用意してようかな」
お父さんの声が一段と明るくなる。ちゃんとは言わないが喜んでくれていることが伝わってくるようだ。
「あ、お酒じゃなくてコーヒーがいい」
「コーヒー? 好きだったっけ?」
「さっき好きになった」
「はは、なにそれ。まあいいや、コーヒーね。美味いの用意しとくよ」
それから二言三言交わして電話を切った。来週末、久しぶりに実家に帰る。その時には雨は止んでいるだろうか。まあどちらでもよい。美味しいコーヒーさえ飲めたらそれでよかった。
さて、なんだかもう一杯飲みたくなってきた。そういえば、冷蔵庫には食べかけのチョコレートがある。チョコもきっとコーヒーに合うだろう。空いたカップを持って、私は再度キッチンへ向かった。
fin.