広い店内を迷惑にならないようにしながら、先輩を探す


黒い柱を避けたとき、



「あ、先輩……」





近寄ろうとして、足を止めた



視線の先、



先輩と、その隣に髪の長い綺麗な女の人


ツヤツヤのピンクのグロスがよく似合う、天然の可愛いさが遠くからでも伝わる



そんな人が、湊先輩の隣にいる



それは、いいの



だって、先輩かっこいいし


自慢の彼氏だし



今までだって、数々のメンヘラ女子を相手にしてきた私だもん、慣れっこだから




でも







あぁ、そうか



先輩、私、そんな風に笑う先輩見たことなかったよ





目を細めて、静かに微笑んでる先輩




見てるとこっちが安心するようなそんな笑み





何かが胸からこぼれた気がした



ジワジワと広がって苦しくなる感じがして、それでも先輩から目をそらせなかった



だって、悔しいけど



やっぱりかっこよくて



好きで好きで、そんな風に微笑んで貰える女の人が羨ましくて



先輩をそんな風に笑わせることの出来る女の人が羨ましくて




悔しくて………











「……湊先輩」




「羽華?」







悔しいから、二人のお話の途中で割って入っちゃった



私ってすっごく嫌な子……



でも、私のだよって


言いたくて……


「あ、えっと、先輩……」


「ん、なに?」


私に近寄ってきた先輩


あ、やだな


先輩に会いに来たはずなのに、こんな、きっと嫉妬してる顔なんて見てほしくない……

先輩が近寄ってきてくれたのに下を向いていたら、女の人がすぐ近くまで来ていた



「わぁ、可愛い子だねぇ!湊くん、だーれ?」


湊くん、って呼ばれてるんだ…


先輩、私と裕先輩以外に下の名前で呼ばせてる人いたんだなぁ


そんなことすら、ショックだなんて心狭いな


ニコニコ喋りかけてくれている女の人に申し訳なくて、俯いていたら湊先輩が私の肩を抱くようにして引き寄せた


え、え?



「……彼女」


……あ、紹介してくれたんだ


しかも、彼女って……


そんなことでテンションが上がる私は甘いのかな?



よかった……まだ先輩の彼女なんだ、私…


「そーなんだねぇ!あ、もしかしてこの間言ってたバイト事情って…むぐっ!?」


女の人が顔を輝かせて話そうとした何かを湊先輩が慌てた様子で塞いだ



あ、やだな



先輩が女の人に触れることなんて絶対ないから、この光景に過剰に反応しちゃう



近い、近いよ


離れてよ




せめて、私の前じゃないところでやってよ……



………あ、女の人は知ってるんだ



先輩がバイトしてる理由




「……先輩、どうしてバイト、始めたんですか?」



未だに女の人の口元から手を離さない先輩の服の袖を掴んで、見上げれば、顔を歪ませた先輩



………私には触られたくないのかな


まさか、ね?





「………っ教えない」



視線がそらされて、掴んでいた服の袖から手が離れた


先輩は、女の人に視線を送ると「内緒なんで」と言うとまた笑った




もう、嫌だな




「………先輩、もう行きます。邪魔しちゃってごめんなさい……また、連絡………いえ、また新学期に会いましょう!」


「……え、羽華?」



先輩が困ったような顔で私の頬に触れようとしたから、急いで反対方向に体を向けて歩いた


何にもバレないように



こぼれそうになる涙を我慢して



……嘘、ちょっと泣いた



お店を出る前



少し振り返って、先輩のいる方を見ると、女の人となにやら慌ただしく話している様子だった


私はこんな時でも先輩が好きで仕方ない





それぐらい先輩でいっぱいなの





でも、先輩は違うの?





よそ見ばっかり



ばーか、ばーか!!女たらしの女顔!!



「ぶわっ!?」




勢いよくお店のドアを開けると、ヒロの背中にぶつかってしまった




「うおっ、羽華?お帰り、つーか、おせーじゃん、海にぃ、コーヒー買ってくるって………羽華?」


私の顔を見ると、眉間にシワを寄せたヒロ


「うぅ、ヒロのおじさん顔が落ち着くよおおお」


「おい、本人が気にしてること言うなよ」


私の頭を小突くと、笑うヒロ



「んで?なに、彼氏さんにいじめらた?」


「……先輩はいつも意地悪なの」

「ふーん?」

「あんな風に笑う先輩見たことない」

「……」

「私にだってもっと優しくしてほしいし、休みの日だって会いたい、せめて一分電話したい」

「一分でいーのか笑」

「女嫌いな癖に距離感バグってるし」

「へぇ?イケメンなんてそんなもんだ」

「…でも、それでも好きな私がいけないのかなぁ……?」


好きで好きで、苦しい


片想いの時とは違うの


嫉妬で狂いそう



独占欲なんて、めんどくさいものいらない



ただ、一途に想える勇気がほしいよ…




「俺なら」




俯いていたら、ヒロが私の頬を包み込んだ




「優しくする、し、他の女に笑いかけたりしない、時と場合によるけど」




真っ直ぐに揺れる瞳の中に映った私は間抜けな顔をしていた



「休み、は、まぁ、長い休暇の時しか側にいてやれねーけど、電話は、毎日羽華が寝るまでする」


頭に大きな手が乗せられて、手の重さで自然に頭が地面に向いた


上から聞こえてくるのは、ヒロの低くて安心する声


「好きになっちゃいけなかったなんて思わせない」



吐き出すように言ったヒロは、何かを決意するようにも聞こえた



ヒロはいつもそう


私がクヨクヨしてたら、私とは反対の道に進んで、その先を示すようにいつも前で待っててくれる


それは、今回も



「でも、こんだけ言っても、羽華はあいつがいーんだろ?だったらいーじゃん」


バシッと背中を叩かれて背筋が伸びた


上を向けば太陽みたいに笑うヒロが私を見ていた


「あいつにフラれるまでは付きまとっとけばいーんじゃん?んで、もしフラれたらそのときは……」


ヒロが遠くを見て、何かを言おうとしたとき



見えない位置から引っ張られて、後ろに体が傾き倒れ込みそうになった



けれど、それは暖かくて一番落ちつく所に収まっただけだった





「そんな時、来ないから安心して」






いつもの香水の匂いじゃなくて、今はコーヒーの香りが私を包み込んだ


「先輩……お仕事は?」


「……いーの、休憩」


後ろから抱き締められて、久しぶりに先輩の体温に包まれて頬が赤くなるのを感じた


見上げれば、見下ろされて、でも、すぐに視線は剃らされてしまったけれど


背中越しに伝わってくる先輩の鼓動が、走ってきてくれたのかな、なんて、思わずにはいられなかった