紅夜と婚約をしてから、あとふた月で一年になる。
相変わらず出張続きのお父さんは不貞腐れながらもあたしが幸せなら、と紅夜との付き合いを許してくれている。
黎華街に出入りしていることも、安全に配慮しているならいい、と。
どうやらお父さんは黎華街の怖さをよく知らないみたい。
危ない街ではあるけれど、他の繁華街とそう変わりないだろうという認識みたいだった。
まあ、そうじゃないとお使い自体を許してくれなかっただろう。
ちなみにお使いの理由があたしの後遺症把握のためだったということも知らないみたい。
あたしが記憶を取り戻したことを知ったお母さんに、「心配を掛けたくないから内緒ね?」と言われてしまった。
お父さんには申し訳ないと思ったけれど、本当のことを知ったら紅夜に会うために黎華街へ行くことを許してくれなくなりそうだったから、黙っていることにする。
ある程度事情を知っているお母さんは、「あらあら」と微笑ましげに――というか少しニヤつきながら送り出してくれている。
……あの顔、やめて欲しいんだけど……。
まあとにかく、そういうわけで今日も紅夜の部屋に泊まりに来ていた。
お風呂から上がったあたしは用意してきた衣装に着替えて、リビングにいる紅夜の様子をこっそり覗き見る。
ソファーに座って教科書を開いているのが見えた。
紅夜は一年遅れてあたしと一緒に大学へ行こうとしてくれている。
去年だと色々な準備が間に合わなかったってのもあるけれど……。
「逆に間に合わなくて良かったかな? 美桜と4年間同じ所で学べるし」
そう言って髪を撫でてくれた紅夜。
勿論全部がずっと一緒な訳はないけれど、一緒にキャンパスライフを送れるのはあたしも願ったり叶ったりだ。
そんなわけで今はあたしも紅夜も受験生というわけ。
今日は勉強もするつもりで来たけれど、せっかくのイベントごとの日。何もしないのはもったいない。
あたしはコッソリと紅夜に近づき、勢いよく紅夜の目の前に出てお決まりの文句を口にした。
「Trick or Treat!」
近づく気配は感じたかも知れないけれど、まさかこんな風に出てくるとは思ってなかったんだろう。
珍しく目を丸くして驚いていた。
「……え?」
その目をパチパチと動かして出てきた紅夜の声は疑問符付き。
だからもう一度言った。
「Trick or Treat! お菓子くれなきゃイタズラするぞ?」
「いや、それ可愛いだけだし……。ああ、今日はハロウィンか」
今度は気付いてくれたみたい。
でもさりげなく言われた『可愛い』の言葉に今度はあたしが言葉を出せなくなる。
そんなあたしの頭に紅夜の手が伸びる。
「でもこれって何のコスプレ? 赤ずきんっぽいけど、狼の耳? ついてるし」
紅夜の疑問の声に、やっとあたしは言葉を発した。
「あ、えっと……紅夜があたしを赤ずきんに例えるから、衣装は赤ずきんにしようかなって思ってたの。でもハロウィンって基本おばけに扮するでしょう? 赤ずきんじゃ違うかなって……」
話している間、紅夜はあたしがかぶっている赤いフードについている狼耳を触っていた。
作り物の耳に感覚なんてないのに、あたしはなぜか恥ずかしくて照れてしまう。
「そう思って通販サイト探してたら、この衣装見つけて……狼赤ずきんって、丁度良いかなと思って……」
そうして説明が終わると、狼耳を触っていた手がスルリとあたしの頬を包んだ。
先にお風呂を済ませてしまった紅夜の手は少し冷たくなっていて、心地いい。
「ふーん……でもこれって、狼と赤ずきんの娘って感じもするよな?」
「娘?」
「そ、狼と赤ずきんの間に生まれた娘」
「……まあ、言われてみれば?」
なんとなく言いたいことは分かるけど、狼と人間の赤ずきんの間に子供が出来るわけないからちょっとピンとこなかった。
この衣装はあくまで赤ずきんのお話を一つにまとめたようなものだと思っていたから。
だから、次の紅夜の言葉も予測していなくて、不意打ちに心臓が大きく跳ねる。
「俺達の娘も、こんなに可愛いんだろうな?」
「……む、娘!? お、俺達のって……!?」
動揺するあたしの顎に移動した手が、あたしの顔を固定する。
恥ずかしくて目をそらしたいのに、イタズラっ子のような笑みを浮かべた紅夜はそれを許してくれない。
「美桜が赤ずきんで俺が狼なんだろ? ならあってるじゃん。それに、可愛いのは確実だろうし」
そう言って紅夜の顔が近付いて来る。
彼のもう片方の手に乗っていた教科書がパタンと閉じられる音がした。
「こ、紅夜? 勉強は?」
「うん、もう明日にしよう」
「え、えっと……お菓子くれればイタズラはしないんだよ?」
「お菓子なんて用意してないし、イタズラの方で」
「イラズラって――んっ」
それ以上は言葉が紡げなかった。
こうなるのが当然だとでも言うように重ねられた唇は、初めはすくい上げるように下唇からついばみ、紅夜の舌が上唇をなぞったかと思うと次には深く侵入してきた。
すぐに体に力が入らなくなったあたしは、紅夜にもたれかかるように膝を落とす。
そんなあたしの体を引っ張り、紅夜はあたしをソファーの上に押し倒すような形で覆いかぶさった。
「……紅夜がイタズラしてどうするの?」
そう不満を零せば。
「いいじゃん、実際には俺が狼なんだし」
妖美な笑みを浮かべて、彼の指が首筋をなぞる。
「ぅんっ……」
「なぁ……子作り、しちゃおうか?」
そしてとんでもないことを言われた。
「なっ!?」
驚くあたしに紅夜は「冗談だよ」と言って笑う。
その笑みはイタズラっ子のものなのに、彼の青い目に宿るのは確かな愛欲と熱。
紅夜の綺麗な指があたしの首元のボタンを一つ外した。
「でも、今すぐ美桜が欲しくなった」
「っ!」
「こんな可愛い格好して誘われたんじゃ、抑えきくわけないだろ?」
「誘ったわけじゃ……」
ない、と紡ごうとした唇に紅夜の人差し指が触れる。
「この口がイラズラするぞ? って言った時点で、無理」
って、それはつまりほぼ最初からってことじゃないかな?
「俺の可愛い赤ずきん。イタズラ、してくれよ」
「……これはむしろされてる気がするんだけど……」
「じゃ、されてくれ」
そんな願いと共に近付いて来る優美な顔に見惚れていると、また唇を塞がれた。
今度は、初めから深く、甘い。
結局赤ずきんのあたしは、今日も紅夜狼に食べられてしまうのだった。
【ラブハロウィン 完】
相変わらず出張続きのお父さんは不貞腐れながらもあたしが幸せなら、と紅夜との付き合いを許してくれている。
黎華街に出入りしていることも、安全に配慮しているならいい、と。
どうやらお父さんは黎華街の怖さをよく知らないみたい。
危ない街ではあるけれど、他の繁華街とそう変わりないだろうという認識みたいだった。
まあ、そうじゃないとお使い自体を許してくれなかっただろう。
ちなみにお使いの理由があたしの後遺症把握のためだったということも知らないみたい。
あたしが記憶を取り戻したことを知ったお母さんに、「心配を掛けたくないから内緒ね?」と言われてしまった。
お父さんには申し訳ないと思ったけれど、本当のことを知ったら紅夜に会うために黎華街へ行くことを許してくれなくなりそうだったから、黙っていることにする。
ある程度事情を知っているお母さんは、「あらあら」と微笑ましげに――というか少しニヤつきながら送り出してくれている。
……あの顔、やめて欲しいんだけど……。
まあとにかく、そういうわけで今日も紅夜の部屋に泊まりに来ていた。
お風呂から上がったあたしは用意してきた衣装に着替えて、リビングにいる紅夜の様子をこっそり覗き見る。
ソファーに座って教科書を開いているのが見えた。
紅夜は一年遅れてあたしと一緒に大学へ行こうとしてくれている。
去年だと色々な準備が間に合わなかったってのもあるけれど……。
「逆に間に合わなくて良かったかな? 美桜と4年間同じ所で学べるし」
そう言って髪を撫でてくれた紅夜。
勿論全部がずっと一緒な訳はないけれど、一緒にキャンパスライフを送れるのはあたしも願ったり叶ったりだ。
そんなわけで今はあたしも紅夜も受験生というわけ。
今日は勉強もするつもりで来たけれど、せっかくのイベントごとの日。何もしないのはもったいない。
あたしはコッソリと紅夜に近づき、勢いよく紅夜の目の前に出てお決まりの文句を口にした。
「Trick or Treat!」
近づく気配は感じたかも知れないけれど、まさかこんな風に出てくるとは思ってなかったんだろう。
珍しく目を丸くして驚いていた。
「……え?」
その目をパチパチと動かして出てきた紅夜の声は疑問符付き。
だからもう一度言った。
「Trick or Treat! お菓子くれなきゃイタズラするぞ?」
「いや、それ可愛いだけだし……。ああ、今日はハロウィンか」
今度は気付いてくれたみたい。
でもさりげなく言われた『可愛い』の言葉に今度はあたしが言葉を出せなくなる。
そんなあたしの頭に紅夜の手が伸びる。
「でもこれって何のコスプレ? 赤ずきんっぽいけど、狼の耳? ついてるし」
紅夜の疑問の声に、やっとあたしは言葉を発した。
「あ、えっと……紅夜があたしを赤ずきんに例えるから、衣装は赤ずきんにしようかなって思ってたの。でもハロウィンって基本おばけに扮するでしょう? 赤ずきんじゃ違うかなって……」
話している間、紅夜はあたしがかぶっている赤いフードについている狼耳を触っていた。
作り物の耳に感覚なんてないのに、あたしはなぜか恥ずかしくて照れてしまう。
「そう思って通販サイト探してたら、この衣装見つけて……狼赤ずきんって、丁度良いかなと思って……」
そうして説明が終わると、狼耳を触っていた手がスルリとあたしの頬を包んだ。
先にお風呂を済ませてしまった紅夜の手は少し冷たくなっていて、心地いい。
「ふーん……でもこれって、狼と赤ずきんの娘って感じもするよな?」
「娘?」
「そ、狼と赤ずきんの間に生まれた娘」
「……まあ、言われてみれば?」
なんとなく言いたいことは分かるけど、狼と人間の赤ずきんの間に子供が出来るわけないからちょっとピンとこなかった。
この衣装はあくまで赤ずきんのお話を一つにまとめたようなものだと思っていたから。
だから、次の紅夜の言葉も予測していなくて、不意打ちに心臓が大きく跳ねる。
「俺達の娘も、こんなに可愛いんだろうな?」
「……む、娘!? お、俺達のって……!?」
動揺するあたしの顎に移動した手が、あたしの顔を固定する。
恥ずかしくて目をそらしたいのに、イタズラっ子のような笑みを浮かべた紅夜はそれを許してくれない。
「美桜が赤ずきんで俺が狼なんだろ? ならあってるじゃん。それに、可愛いのは確実だろうし」
そう言って紅夜の顔が近付いて来る。
彼のもう片方の手に乗っていた教科書がパタンと閉じられる音がした。
「こ、紅夜? 勉強は?」
「うん、もう明日にしよう」
「え、えっと……お菓子くれればイタズラはしないんだよ?」
「お菓子なんて用意してないし、イタズラの方で」
「イラズラって――んっ」
それ以上は言葉が紡げなかった。
こうなるのが当然だとでも言うように重ねられた唇は、初めはすくい上げるように下唇からついばみ、紅夜の舌が上唇をなぞったかと思うと次には深く侵入してきた。
すぐに体に力が入らなくなったあたしは、紅夜にもたれかかるように膝を落とす。
そんなあたしの体を引っ張り、紅夜はあたしをソファーの上に押し倒すような形で覆いかぶさった。
「……紅夜がイタズラしてどうするの?」
そう不満を零せば。
「いいじゃん、実際には俺が狼なんだし」
妖美な笑みを浮かべて、彼の指が首筋をなぞる。
「ぅんっ……」
「なぁ……子作り、しちゃおうか?」
そしてとんでもないことを言われた。
「なっ!?」
驚くあたしに紅夜は「冗談だよ」と言って笑う。
その笑みはイタズラっ子のものなのに、彼の青い目に宿るのは確かな愛欲と熱。
紅夜の綺麗な指があたしの首元のボタンを一つ外した。
「でも、今すぐ美桜が欲しくなった」
「っ!」
「こんな可愛い格好して誘われたんじゃ、抑えきくわけないだろ?」
「誘ったわけじゃ……」
ない、と紡ごうとした唇に紅夜の人差し指が触れる。
「この口がイラズラするぞ? って言った時点で、無理」
って、それはつまりほぼ最初からってことじゃないかな?
「俺の可愛い赤ずきん。イタズラ、してくれよ」
「……これはむしろされてる気がするんだけど……」
「じゃ、されてくれ」
そんな願いと共に近付いて来る優美な顔に見惚れていると、また唇を塞がれた。
今度は、初めから深く、甘い。
結局赤ずきんのあたしは、今日も紅夜狼に食べられてしまうのだった。
【ラブハロウィン 完】