「……美桜? 何考えてんの?」

 少し考え込んでしまったあたしに、紅夜は顔を横にするようにして覗き込んでくる。


 サラリと、美しい金の髪が揺れる。

 街灯の灯りできらめくその金糸は、黎華街で見る時より柔らかく見えた。


「……」

 複雑な感情を知られたくなくて押し黙ってしまったけれど。

「みーお?」

 妖艶に微笑む彼には逆らえなかった。


 結局歩きながら思っていることを洗いざらい喋らされてしまう。

 それを聞いた紅夜の感想は。


「なんだ、そんなことか」

 だった。


「そんなことって……」

 あたしにとっては結構大事なことなのに、と少し唇を尖らせる。


「そんなことだよ。今まで黎華街から出られなかった分、視野を広げなきゃいけないことくらい分かってる」

 それに、と続けた紅夜は、とても優しい愛おしそうな眼差しをあたしに向けた。


 それだけでドキドキと胸を高鳴らせてしまうあたしに、紅夜は泣きそうなくらい嬉しいことを言ってくれる。

「どんなに視野を広げても、どれだけ色んな人間を知っても、マイナ・ゾンネはお前だ。俺を照らして温めてくれるのは、美桜だけなんだよ」

「紅夜……」

「美桜がいてくれるから、俺は臆せず外に意識を向けられるんだ。……というか、美桜以外はいらない。美桜だけが欲しい」

 後半は欲をともなった言葉になる紅夜に「ん?」と思う。

 隣を見上げると、実際に欲という熱をくすぶらせた瞳と目が合った。


「……紅夜?」

 どうして今そんな欲望に満ちた目であたしを見るのかが分からなくて、彼の名前を呼ぶ。


「正直なところ、今すぐにでも美桜を抱きたい」

「っぇえ!?」

 ストレートな物言いにあたしも純粋に驚いた。


 どうして突然そんなことに!?
 そう思わせるような前触れとかあったっけ!?


 驚きつつ考えるけれど分からない。

「さっきもキス邪魔されて、もっと美桜に触れたくなってる。それに、クリスマスの日の後からは忙しくてずっと会えてなかっただろ? ハッキリ言って、美桜不足」

 そうは言うけど、実質一週間も経っていない。

 確かに忙しかったから、いつも以上に会えていなかった気分にはなってるけれど。


「なあ美桜……この後、帰さなくていい?」

「っ!」

 繋がれた手に、力が込められる。

 あたしの意志を聞いておきながら、逃がさないとでも言っているかのようだ。


「お持ち帰りされてくれ」

 頼んでいるようでいて、もうすでにそれが決まっているかのような言い方。


「っ!」

 お父さん、絶対心配する。

 そう思ってためらうけれど、結局のところあたしも自分の欲に勝てなかった。


 大好きで大切な彼にプロポーズされ、それを受けた夜。

 そんな夜だけは、紅夜のことを一番に考えていたかった。


「……朝には帰してね?」

 了承の代わりにそう口にする。


「美桜が朝になっても動けるならな」

 細めた目の奥に宿る情欲に、あたしはすぐにでも絡めとられそうになる。


 冷たい色の瞳は、今は揺らめく情炎で熱を持つ。

 その熱から視線だけをそらしたあたしは、いつものセリフを口にした。


「……ちょっとは手加減してね?」

 あたしの願いが聞き入れられるかは――。

「それは美桜次第」

 なのだそうだ。


END