電気をつけていない暗い部屋に、ピアノの音が静かに響く。
私はその部屋のソファに寝転んでいて、目を閉じてその旋律に耳を傾けていた。
「…玲奈、何考えてるの?」
深く鋭い美しい音を奏でながら、伶は私に話しかけた。

透は、伶が帰ると連絡してくるまで一緒にいてくれて、家まで送ってくれた。
帰ってきた伶と一緒にご飯を食べて、他愛無い話をして。
それから、毎晩、伶が練習するピアノを聴く。
その音を聴いている間だけは、現実世界から解放されるような気分になれるから。

「…朝見た、夢の続き。どんなだったっけな…って考えてる」
そう、今朝見た夢は、昔の思い出。
私の世界が、まだキラキラ輝いていた頃。
毎日がわくわくと希望に満ちていた。

「…もう終わりにするけど。聴きたい曲、ある?」

伶はいつも、練習の終わりに私が聴きたいと言った曲を弾いてくれる。
難しい曲でもなんでも。
気がつけば、パパと同じくらい弾きこなせるようになっていた。

「メンデルスゾーンの無言歌集…『春の歌』が聴きたい」
「わかった」

あの夢にぴったりの曲だと思った。
あの、春の麗かな日の思い出。