私は二人が居なくなった廊下へ出て、大きく息を吐いた。
真っすぐに伸びた廊下の趣が感じられるえんじ色の絨毯は、フリージアの自慢の一つだ。
ここで働いている事を忘れちゃいけない。
私はフリージアで働く人間として、今の浮ついた感情をとりあえず捨てる事にした。
御曹司の二人に私が釣り合うはずはないし、そういう夢を見る事もやめなきゃいけない。
私は馨月亭で働く一人のスタッフでしかない。
それで十分…

私は腕時計を見て、慌ててトリートメントルームへ向かった。
さくら、現実を直視してと、心の中で叱咤しながら。

「あ、高梨さん、いた、いた~」

私がトリートメントルームへ戻ると、鰺坂さんがホッとしたようにそう言った。

「実験台になるのが嫌で、逃げ出しちゃったのと思った」

「すみません、色々用事を済ませていたら遅くなって」

私はそんな嘘をぼそぼそと言いながら、慈恩を探した。
願わくばこの場にいないでほしい。
でも、すぐに目が合った。
慈恩は薄っすらと笑っている。
その笑みは私の噓に対して笑いを堪えているみたいで、気持ちが一気に落ちる。