第十七章 音楽は世界でいちばん不思議な言葉
天気……クチナシの花が咲いている。花の甘やかな匂いが、空気の中に漂っていて、かぐわしく伝わってくる。フェンスの上にはバラの枝がからんでいて、白や黄色やピンクの花が、美しさを競うように咲いている。
ここ数日、パオパオの音楽的な才能が一段と、はっきりしてきた。音楽の才能のほかに絵心もあることに、ぼくは気がついた。
「絵も描けるの。習ったことがあるのでしょうか」
妻猫が聞いた。
「ないと思うよ。音楽を学んだことがなくても、メロディに合わせて、リズミカルに指揮ができるように、絵を学んだことがなくても、心に感じたものを絵で表現できるのだと思う」
ぼくは妻猫に、そう話した。
「音楽から感じたものを絵で表現しているのかしら」
妻猫が聞いた。
「たぶん、そうだと思う」
ぼくはそう答えた。
「でも音楽は聞こえるだけで、目に見えるものではないわ。音の世界を、どうやって絵に置き換えるのかしら」
妻猫が首をかしげていた。
「たぶん、こうじゃないかな」
ぼくは得意の想像力を働かせた。
「パント―が鍵盤の上を軽快なテンポで動いているときには、ぼくたちの耳には、
浮き浮きするような楽しいメロディーが聞こえてくるよね。パオパオはそういった音楽を聞くと、二匹の小鹿が仲良く走っている姿が目に浮かんできて、それを絵で表現するんだと思う。パント―が鍵盤の上をゆったりしたテンポで歩いているときには、ぼくたちの耳には、静かで優美なメロディーが聞こえてくるよね。パオパオはそういった音楽を聞くと、月明かりのもとで、青く輝いている海に、さざ波が立って、ビブラートのように揺れている光景が目に浮かんできて、それを絵で表現するんだと思う」
「なんて不思議なんでしょう。宇宙からきた子は、みんな天才児なんだね」
妻猫は胸の中に感動が、湧き水のように、ふつふつと湧いてきていて、夢うつつの世界をさまよっているように見えた。
この日、ぼくは再び妻猫を連れて、パオパオのうちに行った。家の中にまだ入らないうちから、もうピアノの音が聞こえてきた。
「聞こえるだろう、パント―が弾いているんだよ」
ぼくは妻猫に言った。
「人間顔負けね。うちのパント―は本当にすごいよ」
妻猫が、そう答えた。
ぼくと妻猫は風鈴がさがっている玄関横の小窓から、中に入って、客室に行った。客室にはパントーとパオパオだけしかいなかった。パオパオのお父さんとお母さんは勤めに出ていて、うちにはいなかった。ベビーシッターは台所で洗い物をしていた。ぼくと妻猫はカーテンの後ろに隠れて、パントーとパオパオを見ていた。パント―はピアノの黒鍵と白鍵の上を跳んだり,、はねたりしていていた。パオパオはピアノのそばで、指揮棒を懸命に振っていた。
「あれっ、はしじゃなくて、本物の指揮棒だ」
妻猫が目をパチクリさせていた。
「そうだよ。おととい、パオパオのお母さんがプレゼントしたんだ」
ぼくは妻猫に指揮棒のことを話した。
「きれいなケースに入れて、金色のリボンをかけて、プレゼントしたんだ」
あのときのパオパオは、嬉しさがはじけそうな顔をしていた。
パオパオは人から教わらなくても、指揮棒の正しい振り方を身につけていた。手の動きがとても滑らかで、曲調に合わせて、思いのままに振っていた。曲の中間部の聴かせどころでは、大木のように力強く振っていた。序の部分と、フィナーレの部分では、花のようにしなやかに振っていた。指揮を学んだことがない子どもとは思えないほど、きらびやかで、ため息が出るほど美しかった。
「宇宙からきた子は、本当にすごいね」
妻猫が思わず、うならずにはいられなくなるほど、技量も感性も風格も生まれながらに備わっているように見えた。
パント―が鍵盤の上を熱い思いで浮かれたように転がっていくと、パオパオの指揮もそれに合わせるように情熱的になって、狂ったように激しく指揮棒を振っていた。パオパオは思いを指揮棒に託しながら、フィナーレの部分まで終えると、指揮棒を静かにピアノの屋根の上に置いた。
そのあとパオパオはいすの下の引き出しを開けて、画用紙と色鉛筆を取り出した。
「パオパオが絵を描くよ」
ぼくは妻猫に言った。
パオパオが絵を描く準備ができたのを見ると、パント―は鍵盤の低音部に触れて低い音を出した。パオパオは、にっこり、うなずいてから、赤鉛筆で、太陽が地平線から昇っている絵を描いた。暗い夜が明けた様子を音から感じたのだろう。
パント―が、鍵盤の上を軽やかに飛び跳ねると、三連符のような音が客室を包んだ。パオパオはその音を聞いて、金色の鉛筆で、太陽の周りから放たれている、まばゆい光を描いた。パント―が手足を伸ばして、リラックスした姿で転がっていくと、ハープのグリッサンドのように優美な流れが客室を包み込んでいった。パオパオはそのとき、緑色の鉛筆で、うっそうとした森林を描いていた。高音部で、ぴこぴこ跳ねたり、中音部で、とんとんスキップしたり、低音部で、ずんずん弾んだりして、パントーは音色に変化をつけていた。ぼくたちの耳には、いろいろな小鳥たちが鳴いているように聞こえてきた。パオパオはそのとき、青い鳥や赤い鳥や黄色い鳥が木の上で、太陽に向かって鳴いている絵を描いていた。
パント―が演奏しているこの曲は『小鳥ソナタ』とでも言ったらいいのだろうか。美しくて、思わず、うっとりさせられる曲だった。パオパオも、恍惚とした表情で音楽に耳を傾けながら、黙々と描き続けていた。そしてついに絵を完成させた。朝早く、太陽が金色の光を放ちながらゆっくりと昇ってきて、森林をだんだん明るく照らし出し、眠っていた小鳥たちが目を覚まして、太陽に向かって歌を歌っている絵だった。ベビーシッターが客室に入って来て、絵を見ながら
「上手に描けているねえ」
と、声をかけながら、手をぱちぱちとたたいていた。
「この絵も壁にかけるわ」
べビーシッターはそう言ってから、パオパオが今、描き上げたばかりの絵を客室の壁に貼っていた。壁の上にはパオパオがこれまでに描いた絵が、何枚かすでに貼られていた。小鹿が森林の中を走っている絵や、白いさざ波が立っている海に月が優しく微笑みかけている絵や、青空に雲が、たなびいていて、地上の草原を、馬がぱかぱかと走っている絵もあった。これらの絵はすべて、パオパオがパント―が演奏するピアノの音を聞きながら、想像を膨らませて描いた絵だった。
パオパオはまだ描き足りないのか、画用紙をまた一枚、取り出してきた。パント―がパオパオに微笑むと、パオパオもパント―に微笑みを返した。
パント―はまた鍵盤に載った。鍵盤の上は、ぶかぶかするので、パント―の太った体も軽く感じられるので気持ちがいいと、パント―は思っているようだった。
五十二個ある白鍵は五十二人の白い妖精。三十六個ある黒鍵は三十六人の黒い妖精。どの妖精たちも、きら星のごとく並んでいて、パント―には可愛いくてたまらないようだった。妖精たちと戯れながら、パント―は、それぞれの妖精の個性を上手に引き出して、耳に心地よくて、心に深い感動を与えるようなメロディーをつむいでいた。そのようにして生み出されたメロディーがパオパオの心の琴線に触れて、豊かな想像力をかき立てて、美しい絵となっていくように思われた。
パオパオが今度描いたのは、小雨にけむる湖の絵だった。湖に白いさざ波が立っていて、湖の中を赤い鯉がゆったりと泳いでいた。湖の上にはハスの花が咲いていた。
「この絵、どこかで見たことがあるわ」
妻猫がつぶやいた。
「あっ、翠湖だ。私がいちばん好きな小雨にけむる翠湖だ」
妻猫は感動のあまり、陶然としていた。
「パント―は音楽でパオパオに翠湖の情景を伝えることができたんだ」
ぼくも、嬉しさがこみあげてきた。
「パント―が今弾いた曲は『翠湖公園交響曲』じゃないかな」
ぼくは真顔でそう言った。
「そうかもしれませんね。すごいね、パント―もパオパオも」
妻猫がパント―とパオパオの感性の素晴らしさに舌を巻いていた。
パント―は音の表現技法として、テンポを変えて歩いたり、転がったり、跳びはねたりするが、ほかにも特殊な技法を習得していた。あごや、しっぽを使って、装飾音を演奏をすることもある。あごを鍵盤に当てると、泉が湧き出して、ごぼごぼと音を立てているような感じになる。しっぽで鍵盤をさっと払うと、花のつぼみがはじけて、花が咲くときの、かすかな音がする。パント―は習得しているすべての技法を用いて、パオパオに翠湖公園の様子を伝えていた。
パオパオはピアノの音を聞きながら、また次の絵を描いていった。春のイチョウ林の絵だった。明るい陽射しが降り注ぐイチョウ林の中は、活気にあふれていて、若葉の一枚一枚が、緑色をした扇のように、みずみずしく輝いていた。イチョウ林の真ん中にある一本のイチョウの木の下に、男の子が一人立っていた。目がぱっちりと大きくて、両手を挙げて、木の周りを、くるくる回っていた。木のそばに太った猫が一匹、しゃがんでいて、男の子をじっと見ていた。猫の顔には笑みが浮かんでいた。
「あっ、パオパオとパントーだ」
妻猫が、そう言った。。
「そうだね」
ぼくはうなずいた。
ぼくも妻猫も感動に震えていた。
音楽は世界でいちばん不思議な言葉だ。人の話が分からない猫と、地球人の言葉が話せない子どもが自由に意思疎通をはかることができる不思議な言葉だ。ぼくはそう思った。
天気……クチナシの花が咲いている。花の甘やかな匂いが、空気の中に漂っていて、かぐわしく伝わってくる。フェンスの上にはバラの枝がからんでいて、白や黄色やピンクの花が、美しさを競うように咲いている。
ここ数日、パオパオの音楽的な才能が一段と、はっきりしてきた。音楽の才能のほかに絵心もあることに、ぼくは気がついた。
「絵も描けるの。習ったことがあるのでしょうか」
妻猫が聞いた。
「ないと思うよ。音楽を学んだことがなくても、メロディに合わせて、リズミカルに指揮ができるように、絵を学んだことがなくても、心に感じたものを絵で表現できるのだと思う」
ぼくは妻猫に、そう話した。
「音楽から感じたものを絵で表現しているのかしら」
妻猫が聞いた。
「たぶん、そうだと思う」
ぼくはそう答えた。
「でも音楽は聞こえるだけで、目に見えるものではないわ。音の世界を、どうやって絵に置き換えるのかしら」
妻猫が首をかしげていた。
「たぶん、こうじゃないかな」
ぼくは得意の想像力を働かせた。
「パント―が鍵盤の上を軽快なテンポで動いているときには、ぼくたちの耳には、
浮き浮きするような楽しいメロディーが聞こえてくるよね。パオパオはそういった音楽を聞くと、二匹の小鹿が仲良く走っている姿が目に浮かんできて、それを絵で表現するんだと思う。パント―が鍵盤の上をゆったりしたテンポで歩いているときには、ぼくたちの耳には、静かで優美なメロディーが聞こえてくるよね。パオパオはそういった音楽を聞くと、月明かりのもとで、青く輝いている海に、さざ波が立って、ビブラートのように揺れている光景が目に浮かんできて、それを絵で表現するんだと思う」
「なんて不思議なんでしょう。宇宙からきた子は、みんな天才児なんだね」
妻猫は胸の中に感動が、湧き水のように、ふつふつと湧いてきていて、夢うつつの世界をさまよっているように見えた。
この日、ぼくは再び妻猫を連れて、パオパオのうちに行った。家の中にまだ入らないうちから、もうピアノの音が聞こえてきた。
「聞こえるだろう、パント―が弾いているんだよ」
ぼくは妻猫に言った。
「人間顔負けね。うちのパント―は本当にすごいよ」
妻猫が、そう答えた。
ぼくと妻猫は風鈴がさがっている玄関横の小窓から、中に入って、客室に行った。客室にはパントーとパオパオだけしかいなかった。パオパオのお父さんとお母さんは勤めに出ていて、うちにはいなかった。ベビーシッターは台所で洗い物をしていた。ぼくと妻猫はカーテンの後ろに隠れて、パントーとパオパオを見ていた。パント―はピアノの黒鍵と白鍵の上を跳んだり,、はねたりしていていた。パオパオはピアノのそばで、指揮棒を懸命に振っていた。
「あれっ、はしじゃなくて、本物の指揮棒だ」
妻猫が目をパチクリさせていた。
「そうだよ。おととい、パオパオのお母さんがプレゼントしたんだ」
ぼくは妻猫に指揮棒のことを話した。
「きれいなケースに入れて、金色のリボンをかけて、プレゼントしたんだ」
あのときのパオパオは、嬉しさがはじけそうな顔をしていた。
パオパオは人から教わらなくても、指揮棒の正しい振り方を身につけていた。手の動きがとても滑らかで、曲調に合わせて、思いのままに振っていた。曲の中間部の聴かせどころでは、大木のように力強く振っていた。序の部分と、フィナーレの部分では、花のようにしなやかに振っていた。指揮を学んだことがない子どもとは思えないほど、きらびやかで、ため息が出るほど美しかった。
「宇宙からきた子は、本当にすごいね」
妻猫が思わず、うならずにはいられなくなるほど、技量も感性も風格も生まれながらに備わっているように見えた。
パント―が鍵盤の上を熱い思いで浮かれたように転がっていくと、パオパオの指揮もそれに合わせるように情熱的になって、狂ったように激しく指揮棒を振っていた。パオパオは思いを指揮棒に託しながら、フィナーレの部分まで終えると、指揮棒を静かにピアノの屋根の上に置いた。
そのあとパオパオはいすの下の引き出しを開けて、画用紙と色鉛筆を取り出した。
「パオパオが絵を描くよ」
ぼくは妻猫に言った。
パオパオが絵を描く準備ができたのを見ると、パント―は鍵盤の低音部に触れて低い音を出した。パオパオは、にっこり、うなずいてから、赤鉛筆で、太陽が地平線から昇っている絵を描いた。暗い夜が明けた様子を音から感じたのだろう。
パント―が、鍵盤の上を軽やかに飛び跳ねると、三連符のような音が客室を包んだ。パオパオはその音を聞いて、金色の鉛筆で、太陽の周りから放たれている、まばゆい光を描いた。パント―が手足を伸ばして、リラックスした姿で転がっていくと、ハープのグリッサンドのように優美な流れが客室を包み込んでいった。パオパオはそのとき、緑色の鉛筆で、うっそうとした森林を描いていた。高音部で、ぴこぴこ跳ねたり、中音部で、とんとんスキップしたり、低音部で、ずんずん弾んだりして、パントーは音色に変化をつけていた。ぼくたちの耳には、いろいろな小鳥たちが鳴いているように聞こえてきた。パオパオはそのとき、青い鳥や赤い鳥や黄色い鳥が木の上で、太陽に向かって鳴いている絵を描いていた。
パント―が演奏しているこの曲は『小鳥ソナタ』とでも言ったらいいのだろうか。美しくて、思わず、うっとりさせられる曲だった。パオパオも、恍惚とした表情で音楽に耳を傾けながら、黙々と描き続けていた。そしてついに絵を完成させた。朝早く、太陽が金色の光を放ちながらゆっくりと昇ってきて、森林をだんだん明るく照らし出し、眠っていた小鳥たちが目を覚まして、太陽に向かって歌を歌っている絵だった。ベビーシッターが客室に入って来て、絵を見ながら
「上手に描けているねえ」
と、声をかけながら、手をぱちぱちとたたいていた。
「この絵も壁にかけるわ」
べビーシッターはそう言ってから、パオパオが今、描き上げたばかりの絵を客室の壁に貼っていた。壁の上にはパオパオがこれまでに描いた絵が、何枚かすでに貼られていた。小鹿が森林の中を走っている絵や、白いさざ波が立っている海に月が優しく微笑みかけている絵や、青空に雲が、たなびいていて、地上の草原を、馬がぱかぱかと走っている絵もあった。これらの絵はすべて、パオパオがパント―が演奏するピアノの音を聞きながら、想像を膨らませて描いた絵だった。
パオパオはまだ描き足りないのか、画用紙をまた一枚、取り出してきた。パント―がパオパオに微笑むと、パオパオもパント―に微笑みを返した。
パント―はまた鍵盤に載った。鍵盤の上は、ぶかぶかするので、パント―の太った体も軽く感じられるので気持ちがいいと、パント―は思っているようだった。
五十二個ある白鍵は五十二人の白い妖精。三十六個ある黒鍵は三十六人の黒い妖精。どの妖精たちも、きら星のごとく並んでいて、パント―には可愛いくてたまらないようだった。妖精たちと戯れながら、パント―は、それぞれの妖精の個性を上手に引き出して、耳に心地よくて、心に深い感動を与えるようなメロディーをつむいでいた。そのようにして生み出されたメロディーがパオパオの心の琴線に触れて、豊かな想像力をかき立てて、美しい絵となっていくように思われた。
パオパオが今度描いたのは、小雨にけむる湖の絵だった。湖に白いさざ波が立っていて、湖の中を赤い鯉がゆったりと泳いでいた。湖の上にはハスの花が咲いていた。
「この絵、どこかで見たことがあるわ」
妻猫がつぶやいた。
「あっ、翠湖だ。私がいちばん好きな小雨にけむる翠湖だ」
妻猫は感動のあまり、陶然としていた。
「パント―は音楽でパオパオに翠湖の情景を伝えることができたんだ」
ぼくも、嬉しさがこみあげてきた。
「パント―が今弾いた曲は『翠湖公園交響曲』じゃないかな」
ぼくは真顔でそう言った。
「そうかもしれませんね。すごいね、パント―もパオパオも」
妻猫がパント―とパオパオの感性の素晴らしさに舌を巻いていた。
パント―は音の表現技法として、テンポを変えて歩いたり、転がったり、跳びはねたりするが、ほかにも特殊な技法を習得していた。あごや、しっぽを使って、装飾音を演奏をすることもある。あごを鍵盤に当てると、泉が湧き出して、ごぼごぼと音を立てているような感じになる。しっぽで鍵盤をさっと払うと、花のつぼみがはじけて、花が咲くときの、かすかな音がする。パント―は習得しているすべての技法を用いて、パオパオに翠湖公園の様子を伝えていた。
パオパオはピアノの音を聞きながら、また次の絵を描いていった。春のイチョウ林の絵だった。明るい陽射しが降り注ぐイチョウ林の中は、活気にあふれていて、若葉の一枚一枚が、緑色をした扇のように、みずみずしく輝いていた。イチョウ林の真ん中にある一本のイチョウの木の下に、男の子が一人立っていた。目がぱっちりと大きくて、両手を挙げて、木の周りを、くるくる回っていた。木のそばに太った猫が一匹、しゃがんでいて、男の子をじっと見ていた。猫の顔には笑みが浮かんでいた。
「あっ、パオパオとパントーだ」
妻猫が、そう言った。。
「そうだね」
ぼくはうなずいた。
ぼくも妻猫も感動に震えていた。
音楽は世界でいちばん不思議な言葉だ。人の話が分からない猫と、地球人の言葉が話せない子どもが自由に意思疎通をはかることができる不思議な言葉だ。ぼくはそう思った。