第十五章 大きなプレゼント
天気……春も終わりに近く、空には、もう夏の香りが、ほのかに漂っていた。のばらの枝葉が白いフェンスに巻きつき、大小様々な、つぼみが、たくさんついていた。
パント―はパオパオのうちで、もう何日も過ごしていた。その間、パオパオの行動様式や表情には、とても大きな変化が生じていた。日がたつにつれて、パオパオが宇宙からきた子どもだとは、もうほとんど思えなくなるほどになってきた。パオパオに新しい変化が生じるたびに、パオパオのお父さんやお母さんの胸の中に虹色の喜びが広がっていった。
昨日の夜、パオパオのお父さんが、にんまりしながら
「明日、パオパオにプレゼントを贈ることにするよ」
と、パオパオのお母さんに言った。
「何を贈るの」
お母さんが聞いていた。
「明日のお楽しみ」
と言って、お父さんは含み笑いを浮かべるだけだった。
パオパオが眠りに就いたあと、ぼくはうちへ帰る準備を始めた。帰る前に、パント―とぼくは毎日、風鈴が下がっている玄関の小窓で、しばらく話をすることにしている。パント―には人の話が分からないので、パオパオのうちで聞いたことを、話して聞かせることにしていた。
「パオパオのお父さんは明日、パオパオにプレゼントを贈るそうだよ」
「何を贈るの」
「分からない。何も言わなかったから」
「何かなぁ、当ててみようか」
パント―はそう言ってから、しばらく考えていた。
「リモコンカーかな」
それを聞いて、ぼくは思わず笑ってしまった。リモコンカーと言えば、パント―がいつも翠湖公園で見ていた子どものおもちゃだからだ。
「リモコンカーだと、あまりにも平凡すぎるよ」
ぼくはパントーの予想を否定した。
「宇宙人の子どもが地球人の子どもになったのだから、とてもおめでたい事じゃないか。それを祝うのにふさわしいのは、もっと特別なものだよ、きっと」
ぼくはそう答えてから、あれこれと想像をめぐらした。でもぼくにも、さっぱり見当がつかなかった。
廊下の窓から外を見ると、空には星がきらきらと、またたいていた。
「お父さん」
「何だい」
「宇宙って、空に輝いている、あれらの星のこと」
パント―が、ふいに聞いた。
「そうだよ。パオパオも以前は、あの中の、どれかの星に住んでいたんだ」
ぼくはそう答えた。
「パオパオはどうやって、このうちに来たの」
パント―がまた聞いた。
「パオパオはUFOに乗って翠湖公園のイチョウ林にやってきたんだと思う。具体的な場所は、両手を挙げて、くるくる回っている、あのイチョウの木の近くだと思う」
ここまでは以前にも、話していたが、そのあとは、つじつまが合うように想像力を発揮して、パント―を納得させようとした。
「ある日、子どもがまだいない若い夫婦が、翠湖公園に散歩にやってきて、イチョウ林の中を歩いているときに、両手を挙げて木の周りを回っている男の子が目に入った。不思議に思って、若い夫婦は、その子に、うちや、お父さんやお母さんのことを聞いた。しかしその子は口がまったくきけなかった。若い夫婦はびっくりして、その子は普通の子どもと違っているので、親から捨てられた子どもだと思って、かわいそうになり、うちへ連れて帰って、自分たちの子どもとして育てることにした。そしてパオパオという名前をつけた」
想像力のおもむくままに勝手に作りだした話ではあったが、聞いてもおかしくは聞こえないし、ありうる話のようにも思えた。
パント―は、ぼくの話をすっかり信じこんでいた。ぼくは自分でも、そうに違いないと深く信じて疑わなかった。
(それにしてもパオパオのお父さんは、パオパオにいったい何をプレゼントするのだろうか)
けさ、目が覚めると、ぼくはすぐに、そのことに思いをはせていた。
朝食をすませると、ぼくは、そそくさした足取りで、パオパオのうちへ急いだ。
パオパオのお父さんとお母さんは、もうすでに勤めに出ていて、うちにはいなかった。ベビーシッターがパオパオを洗面所に連れて行っている間に、ぼくは子ども部屋に入っていって、パント―に
「お父さんはもうプレゼントをあげたか」
と、気も、そぞろに聞いた。
「まだあげていないよ。どうしてかなあ」
パント―は、ぼく以上に、気をもんでいるように見えた。
「焦らないでいいよ。時間はまだたっぷりあるじゃないか」
ぼくはパント―の気持ちを落ち着かせようとしていた。
「パオパオのお父さんが、昨日言ったことを忘れていたとしたら」
パント―が心配そうな顔をしていた。
「何を言っているんだ。そんなことは絶対にありえないよ」
ぼくはパオパオのお父さんの気持ちを、自分の気持ちと重ね合わせていた。
「子どものことを本当に愛しているお父さんは、約束したことを絶対に忘れるはずがないよ」
ぼくは自信をもって、そう言い切った。
午前も午後もいつも通り変哲なく過ぎていった。そして日が暮れて、空が暗くなってきたころ、パオパオのお父さんが勤めを終えて、うちに帰ってきた。お父さんの後ろには、体が大きくて屈強そうな男たちが何人か、ついてきていた。男たちは力を合わせながら、大きくて重そうなものを運んできていた。黒い布が掛けてあるので、何なのかよく分からないが、男たちは、ふうふう言いながら、客室の真ん中あたりまで、その大きくて重そうなものを慎重に運んでいた。男たちが帰って行ったあと、パオパオのお父さんが、その大きなものの前にパオパオを抱えて連れて行った。
「パオパオ、これが父さんからのプレゼントだ。何だか分かるか」
お父さんはそう言いながら、黒い布をはずした。
(あっ、ピアノ)
思いがけないものを目の前に見て、ぼくは目の玉が飛び出るほど驚いていた。後ろを振り返ってパント―を見ると、パント―も声をあげるほど驚いていた。パオパオのお父さんからのプレゼントが、まさかピアノだったとは、ぼくは千に一つも思っていなかった。パント―がペット曲芸学校でピアノを学んで卒業演奏をしたあと、パント―もぼくもピアノを見たことがなかった。ピアノとは、もう縁がないものと思っていた。それだけにこういう形でまたピアノと再会できるとは、本当に思ってもいなかった。望外の喜びが、ぼくの心の中にじわじわとこみあげてきた。パント―の喜びは、ぼく以上だろう。パント―の顔は満月のように、にこやかに笑っていた。パオパオの顔も、きらきら輝く星座のように、華やかに笑っていた。
「パオパオがすごく嬉しそうな顔をしている。ほら、見て、お母さん」
パオパオのお父さんが、やった、やったと手をたたきながら、喜んでいた。
「パオパオがピアノに興味があることを、あなた、知っていたの」
パオパオのお母さんが、お父さんに聞いていた。
「知っているわけないじゃないか。たまたまだよ」
パオパオのお父さんが、けらけら笑っていた。
「ピアノのレッスンを受けさせようか」
お父さんは気がせいているようだった。
「まだちょっと早すぎない。五歳にもなっていないようだから」
お母さんが難色を示していた。
「たいての子は、これくらいの歳からレッスンを始めるよ」
お父さんは持論を張っていた。
「でもパオパオは普通の子じゃないから」
お母さんも自分の考えを主張していた。
「パンちゃんが来てから、少しずつ正常になりつつあるけど、まだ小さいし、口もきけないし、人の話も分からないから」
お母さんの考えにも一理あった。
「パオパオが一から十まで普通の子どもになってから、レッスンを受けさせましょうよ」
お母さんの言葉にお父さんは押し切られていた。
お母さんが言う普通の子どもとは、地球人の子どもだと思う。宇宙からきた子どもが完全に地球人の子どもになるのは確かにもう少し時間がかかると、ぼくも思っている
その晩、パオパオが眠りに就いたあと、ぼくとパント―は、玄関の近くの小窓に行って、いつものように話をした。
「お父さん、ぼくは今日、とっても嬉しいよ」
パントーが、頬をバラ色に輝かせていた。
「ピアノがきたからだろう」
「うん」
パント―がにっこり、うなずいた。
「やっとまた弾けるようになったよ。学校を卒業してからは、もう弾けないと思っていたから」
パント―の笑顔がはじけていた。
「パオパオのお母さんは、パオパオが完全に地球人の子どもになってから、レッスンを受けさせるつもりだよ」
「じゃあ、その前にぼくがレッスンをしてあげようかな」
「えっ、お前がパオパオにピアノを教えるのか」
ぼくは開いた口が塞がらなかった。
「ぼくの体には音楽の才能が一ミリもなかったけれど、ピアノが弾けるようになったんだよ。パオパオに弾けないことはないと思う。パオパオは宇宙からきた子どもだけど、ぼくよりは優秀だろうから」
パント―はパオパオがピアノが弾けるようになることに確信を抱いているようだった。
「パオパオのお母さんは、パオパオは口がきけないし、人の話も分からないので、とても心配しているけど……」
パント―の熱意に、ぼくは、あえて水をさした。するとパントーは油をさしたように、熱く反論してきた。
「ぼくも人の言葉は話せないし、人の言葉が分からないよ。それでも、あの李先生がぼくにピアノを教えることができたじゃない。そのことを思うと、ぼくもきっとパオパオにピアノを教えることができるよ」
パントーの自信にあふれた言葉を耳にして、ぼくの琴線は揺さぶられて、二の句が継げなかった。普段は自信なげなことを、よく口走るパント―が、いつのまにか、これまでめったに見せたことがないような自信を身につけていたことを知って、ぼくの胸に感動がこみあげてきた。パント―が昼も夜もパオパオと生活をともにする中で自然と芽生えた信頼関係によって得られた自信なのだろうかと、ぼくは思った。パント―の成長ぶりに、ぼくは目を見張るとともに、ぼくの心の中に深い喜びが、ひしひしと、こみあげてきた。パント―が自分に自信を抱けば抱くほど、あの子の救い主になるというパントーの夢が、にわかに現実味を帯びてきた。
天気……春も終わりに近く、空には、もう夏の香りが、ほのかに漂っていた。のばらの枝葉が白いフェンスに巻きつき、大小様々な、つぼみが、たくさんついていた。
パント―はパオパオのうちで、もう何日も過ごしていた。その間、パオパオの行動様式や表情には、とても大きな変化が生じていた。日がたつにつれて、パオパオが宇宙からきた子どもだとは、もうほとんど思えなくなるほどになってきた。パオパオに新しい変化が生じるたびに、パオパオのお父さんやお母さんの胸の中に虹色の喜びが広がっていった。
昨日の夜、パオパオのお父さんが、にんまりしながら
「明日、パオパオにプレゼントを贈ることにするよ」
と、パオパオのお母さんに言った。
「何を贈るの」
お母さんが聞いていた。
「明日のお楽しみ」
と言って、お父さんは含み笑いを浮かべるだけだった。
パオパオが眠りに就いたあと、ぼくはうちへ帰る準備を始めた。帰る前に、パント―とぼくは毎日、風鈴が下がっている玄関の小窓で、しばらく話をすることにしている。パント―には人の話が分からないので、パオパオのうちで聞いたことを、話して聞かせることにしていた。
「パオパオのお父さんは明日、パオパオにプレゼントを贈るそうだよ」
「何を贈るの」
「分からない。何も言わなかったから」
「何かなぁ、当ててみようか」
パント―はそう言ってから、しばらく考えていた。
「リモコンカーかな」
それを聞いて、ぼくは思わず笑ってしまった。リモコンカーと言えば、パント―がいつも翠湖公園で見ていた子どものおもちゃだからだ。
「リモコンカーだと、あまりにも平凡すぎるよ」
ぼくはパントーの予想を否定した。
「宇宙人の子どもが地球人の子どもになったのだから、とてもおめでたい事じゃないか。それを祝うのにふさわしいのは、もっと特別なものだよ、きっと」
ぼくはそう答えてから、あれこれと想像をめぐらした。でもぼくにも、さっぱり見当がつかなかった。
廊下の窓から外を見ると、空には星がきらきらと、またたいていた。
「お父さん」
「何だい」
「宇宙って、空に輝いている、あれらの星のこと」
パント―が、ふいに聞いた。
「そうだよ。パオパオも以前は、あの中の、どれかの星に住んでいたんだ」
ぼくはそう答えた。
「パオパオはどうやって、このうちに来たの」
パント―がまた聞いた。
「パオパオはUFOに乗って翠湖公園のイチョウ林にやってきたんだと思う。具体的な場所は、両手を挙げて、くるくる回っている、あのイチョウの木の近くだと思う」
ここまでは以前にも、話していたが、そのあとは、つじつまが合うように想像力を発揮して、パント―を納得させようとした。
「ある日、子どもがまだいない若い夫婦が、翠湖公園に散歩にやってきて、イチョウ林の中を歩いているときに、両手を挙げて木の周りを回っている男の子が目に入った。不思議に思って、若い夫婦は、その子に、うちや、お父さんやお母さんのことを聞いた。しかしその子は口がまったくきけなかった。若い夫婦はびっくりして、その子は普通の子どもと違っているので、親から捨てられた子どもだと思って、かわいそうになり、うちへ連れて帰って、自分たちの子どもとして育てることにした。そしてパオパオという名前をつけた」
想像力のおもむくままに勝手に作りだした話ではあったが、聞いてもおかしくは聞こえないし、ありうる話のようにも思えた。
パント―は、ぼくの話をすっかり信じこんでいた。ぼくは自分でも、そうに違いないと深く信じて疑わなかった。
(それにしてもパオパオのお父さんは、パオパオにいったい何をプレゼントするのだろうか)
けさ、目が覚めると、ぼくはすぐに、そのことに思いをはせていた。
朝食をすませると、ぼくは、そそくさした足取りで、パオパオのうちへ急いだ。
パオパオのお父さんとお母さんは、もうすでに勤めに出ていて、うちにはいなかった。ベビーシッターがパオパオを洗面所に連れて行っている間に、ぼくは子ども部屋に入っていって、パント―に
「お父さんはもうプレゼントをあげたか」
と、気も、そぞろに聞いた。
「まだあげていないよ。どうしてかなあ」
パント―は、ぼく以上に、気をもんでいるように見えた。
「焦らないでいいよ。時間はまだたっぷりあるじゃないか」
ぼくはパント―の気持ちを落ち着かせようとしていた。
「パオパオのお父さんが、昨日言ったことを忘れていたとしたら」
パント―が心配そうな顔をしていた。
「何を言っているんだ。そんなことは絶対にありえないよ」
ぼくはパオパオのお父さんの気持ちを、自分の気持ちと重ね合わせていた。
「子どものことを本当に愛しているお父さんは、約束したことを絶対に忘れるはずがないよ」
ぼくは自信をもって、そう言い切った。
午前も午後もいつも通り変哲なく過ぎていった。そして日が暮れて、空が暗くなってきたころ、パオパオのお父さんが勤めを終えて、うちに帰ってきた。お父さんの後ろには、体が大きくて屈強そうな男たちが何人か、ついてきていた。男たちは力を合わせながら、大きくて重そうなものを運んできていた。黒い布が掛けてあるので、何なのかよく分からないが、男たちは、ふうふう言いながら、客室の真ん中あたりまで、その大きくて重そうなものを慎重に運んでいた。男たちが帰って行ったあと、パオパオのお父さんが、その大きなものの前にパオパオを抱えて連れて行った。
「パオパオ、これが父さんからのプレゼントだ。何だか分かるか」
お父さんはそう言いながら、黒い布をはずした。
(あっ、ピアノ)
思いがけないものを目の前に見て、ぼくは目の玉が飛び出るほど驚いていた。後ろを振り返ってパント―を見ると、パント―も声をあげるほど驚いていた。パオパオのお父さんからのプレゼントが、まさかピアノだったとは、ぼくは千に一つも思っていなかった。パント―がペット曲芸学校でピアノを学んで卒業演奏をしたあと、パント―もぼくもピアノを見たことがなかった。ピアノとは、もう縁がないものと思っていた。それだけにこういう形でまたピアノと再会できるとは、本当に思ってもいなかった。望外の喜びが、ぼくの心の中にじわじわとこみあげてきた。パント―の喜びは、ぼく以上だろう。パント―の顔は満月のように、にこやかに笑っていた。パオパオの顔も、きらきら輝く星座のように、華やかに笑っていた。
「パオパオがすごく嬉しそうな顔をしている。ほら、見て、お母さん」
パオパオのお父さんが、やった、やったと手をたたきながら、喜んでいた。
「パオパオがピアノに興味があることを、あなた、知っていたの」
パオパオのお母さんが、お父さんに聞いていた。
「知っているわけないじゃないか。たまたまだよ」
パオパオのお父さんが、けらけら笑っていた。
「ピアノのレッスンを受けさせようか」
お父さんは気がせいているようだった。
「まだちょっと早すぎない。五歳にもなっていないようだから」
お母さんが難色を示していた。
「たいての子は、これくらいの歳からレッスンを始めるよ」
お父さんは持論を張っていた。
「でもパオパオは普通の子じゃないから」
お母さんも自分の考えを主張していた。
「パンちゃんが来てから、少しずつ正常になりつつあるけど、まだ小さいし、口もきけないし、人の話も分からないから」
お母さんの考えにも一理あった。
「パオパオが一から十まで普通の子どもになってから、レッスンを受けさせましょうよ」
お母さんの言葉にお父さんは押し切られていた。
お母さんが言う普通の子どもとは、地球人の子どもだと思う。宇宙からきた子どもが完全に地球人の子どもになるのは確かにもう少し時間がかかると、ぼくも思っている
その晩、パオパオが眠りに就いたあと、ぼくとパント―は、玄関の近くの小窓に行って、いつものように話をした。
「お父さん、ぼくは今日、とっても嬉しいよ」
パントーが、頬をバラ色に輝かせていた。
「ピアノがきたからだろう」
「うん」
パント―がにっこり、うなずいた。
「やっとまた弾けるようになったよ。学校を卒業してからは、もう弾けないと思っていたから」
パント―の笑顔がはじけていた。
「パオパオのお母さんは、パオパオが完全に地球人の子どもになってから、レッスンを受けさせるつもりだよ」
「じゃあ、その前にぼくがレッスンをしてあげようかな」
「えっ、お前がパオパオにピアノを教えるのか」
ぼくは開いた口が塞がらなかった。
「ぼくの体には音楽の才能が一ミリもなかったけれど、ピアノが弾けるようになったんだよ。パオパオに弾けないことはないと思う。パオパオは宇宙からきた子どもだけど、ぼくよりは優秀だろうから」
パント―はパオパオがピアノが弾けるようになることに確信を抱いているようだった。
「パオパオのお母さんは、パオパオは口がきけないし、人の話も分からないので、とても心配しているけど……」
パント―の熱意に、ぼくは、あえて水をさした。するとパントーは油をさしたように、熱く反論してきた。
「ぼくも人の言葉は話せないし、人の言葉が分からないよ。それでも、あの李先生がぼくにピアノを教えることができたじゃない。そのことを思うと、ぼくもきっとパオパオにピアノを教えることができるよ」
パントーの自信にあふれた言葉を耳にして、ぼくの琴線は揺さぶられて、二の句が継げなかった。普段は自信なげなことを、よく口走るパント―が、いつのまにか、これまでめったに見せたことがないような自信を身につけていたことを知って、ぼくの胸に感動がこみあげてきた。パント―が昼も夜もパオパオと生活をともにする中で自然と芽生えた信頼関係によって得られた自信なのだろうかと、ぼくは思った。パント―の成長ぶりに、ぼくは目を見張るとともに、ぼくの心の中に深い喜びが、ひしひしと、こみあげてきた。パント―が自分に自信を抱けば抱くほど、あの子の救い主になるというパントーの夢が、にわかに現実味を帯びてきた。