「そうなんですか? だけどやっぱり結婚ってなると」
「あ~柄にもなく足元ふわふわしちゃいますね。年甲斐ないって笑われるかな」
「笑われませんよ! 何歳でも結婚するってなって心が浮き立つの、いいじゃないですか」

 苦笑いを浮かべる結城さんに、私は思わず前のめりで否定した。
 結城さんが目を白黒させているのを見て、ひとつ咳払いをして座り直す。

「私だったら……きっと周りに触れ回る勢いで喜びます。いいじゃないですか。幸せなことですもん」

 改めて冷静に言い直したら、正面の彼女が破顔した。

「そう言ってくれてうれしいです。ありがとうございます」

 近しい人が結婚するって報告してくれる経験がゼロだったのもあって、なんだか人のことなのにすごく高揚してる。

 知り合いが結婚するって聞いたら、こういう温かな気持ちになるんだな。
 祝福する気持ちの裏側で、ひとつだけ気になって仕方がない。

 私はぎこちなく視線を彷徨わせながら、小声で尋ねる。

「ただ……その……水を差すようで申し訳ないのですが、私の今後の担当って」
「ああ! 私が受け持ちますので安心してください。大きな異動もしばらくないと思いますし」

 結城さんの返答に、ほっと胸を撫で下ろす。

 どちらかといえば、私は人見知りの部類に入ると思っている。一度担当替えを経験し、現在結城さんとはようやく打ち解けられているって実感しているから。

「結婚かあ。自分の未来は全然想像できないなあ。できるのかな」

 結城さんと変わらず仕事ができる安心感を抱き、気の抜けた声で呟いた。

「最近は恋愛ものの作品だと結婚はマストですけど、現実は一概にみんなそうだとは言えませんからねえ。できなくても悲観することではないと思います」

 彼女は長い睫毛を伏せ、柔らかな声音で続ける。

「自分の時間がなにより大切だったり、仕事が充実してればそれで満たされたりしますしね。今の時代、いろんな情報も溢れてますし、自分の世界を広げようとすれば簡単にできますから。結婚に縛られるのは……って人は一定数いますよ」
「そうですよね……」
「あ、宝生さんはまだまだ若いし、あまりピンと来ない話でしたね」
「いえ」

 結城さんの言葉は説得力があって、素直に頷けた。

 しかし、結婚しなければならない理由はないと話す彼女が結婚したのだ。結城さんにとって、彼はとても大切な存在なんだろう。
 生涯をともにしたいと思えるほどに。