文くんとは特になにもなく数日経った。

 私は次の仕事の打ち合わせのため、お世話になっている出版社に来ていた。
 パーテーションで仕切られた一角で、私の担当である結城(ゆうき)さんが手帳を閉じた。

「では。とりあえずそのような方向性で、いくつかネタをいただくということで」
「はい。いつも長い時間相談に乗っていただいてすみません。ありがとうございます」
「いえ~。宝生さんは積極的に打ち合わせに来てくださるので、私もやりがいがあるんですよ~」

 結城さんは笑ってコーヒーを口に運んだ。

 彼女は私がデビューしてからふたりめの担当だ。

 元気で明るい性格の結城さんは、ショートカットがよく似合う。
 年齢は結構離れていて、三十五歳。現役バリバリで働いているのもあって若々しい。

 私も「いただきます」と言ってコーヒーにミルクと砂糖を入れた。
 結城さんが打ち合わせ前に用意してくれるんだけど、いつも話に夢中になってしまっていただくのが最後になってしまう。

 結城さんはコーヒーをコトッとテーブルに戻し、思い出したように口を開く。

「あ、そうだ。あの私用の話で恐縮なんですが……このたび結婚することにしまして」
「……えっ。えーと、あ。おめでとうございます」

 思いがけない報告に、あろうことか一瞬寿退社が頭を過った。
 お世話になっている担当さんが晴れの門出を迎えるのは喜ばしい反面、慣れ親しんだ人との別れは正直嫌だと思ってしまった。

「ありがとうございます。て言っても、生活は変わらないんですよ。もう長らく一緒に生活してたので」

 にこやかに、でも少し恥ずかしそうに話す結城さんは、とても可愛かった。