「じゃあ、俺と結婚する?」

 間近にいる文くんは、至極真剣な顔つきをしている。

 なにが起こっているかわからなくて、私はひと声も出せずに固まっていた。
 すると、文くんは私のプレートを取って、料理を盛りつけていく。

「俺は仕事が忙しくて週の半分くらいしか家に帰らないし、一緒に生活してもそんなに変わらないだろう。その間にミイは好きなことをやりながら、ゆっくり将来を考えたらいい」

 結婚……? 文くんが私と? そんなの、私ばっかり都合のいい展開だよ。

「え……。でも、文くんにはなんのメリットも……」

 広いダイニングテーブルに添って進みながら料理を選んでくれている彼の背中を追って言った。彼は手を止めずにあっさりと述べる。

「職場でわざわざ公にするつもりはないけど、いざという時の切り札になるし、助かるよ」
「切り札?」
「まあ……俺も少し前から周りがうるさいんだ。結婚相手の紹介とか」

 文くんの言葉に胸がズキリと軋んだ。

 そうだよね。文くん、頼りがいあるしカッコいいもの。普通にしていても女性が寄って行きそうだし、父親世代の人から見れば『自分の娘に』って思うのも納得いく。

 契約でも文くんと結婚!?って、寸時都合よく考えたけど……違う。
 もしもそんな話受け入れたなら、私にとって地獄だ。

 文くんは同情で私を一時的に受け入れてくれて……傍目からは距離が近づいたように見えたって、実際はこの距離感は変わらない。

 いつか彼には特別な誰かが現れて、私は結局〝切り札〟でしかないんだから。
 好きな人のそばにいられる――私にはとても幸せで……その実、とても残酷だ。

「ん、食べな。なんか前に見た時より痩せた気がするから」

 ひとりで一点を見つめて考え込んでいたら、スッとプレートを差し出された。我に返って顔を上げる。

「あ、ありがとう」

 両手で受け取ったプレートには、私の好きなものだけを選んで入れてくれていたのがわかった。
 些細な優しさに胸をときめかせる。

 この想いは昔からずっと秘めていた。漏れ出てしまうと彼に迷惑をかける。

 私はプレートに目を落とし、小さく口を開く。

「今の話も。でも、さすがにそこまで迷惑かけられないから」

 愛想笑いを浮かべ、ようやく文くんをまっすぐ見据える。
 彼は私の頭に手を置き、ポンポンと軽く触れた。

「迷惑と思ってたら自分から提案しない。まあ、ミイにとっても切り札として胸に留めておけば、それでいいんじゃない?」
「……うん、わかった」

 その後、真美ちゃんが遅れて到着したタイミングで話題もがらりと変わり、みんなで楽しく過ごしていた。

 しかし、私だけはいつまでも文くんが持ちかけてくれた言葉が頭から離れず、こっそりと彼を見つめていたのだった。