「ほら。蓮司さんは私のひとつ上で年が近いし、親同士知れた仲だし。聞いた話だと研修医のお仕事も立派にしていて。今からもう堂島総合病院の後継者として有力候補だって言われてるんでしょう? お母さんにとっていろいろと安心材料が多いんだよね。きっと」

 苦笑交じりに弱々しい声を漏らしてしまう。
 そこに、またもや母と由里子さんの会話が響いてくる。

「確か彼はまだ後期研修が残ってるから、とりあえず婚約っていう形にしてお付き合いからっていいと思わない?」
「三年後に結婚? なるほどねえ。三年あればいろいろな準備もゆっくりできるわね」

 女性同士だと、こういった話題は盛り上がるらしい。
 当の本人である私が同じ空間にいるにもかかわらず、お構いなしに話に花を咲かせている。

 私は中学からずっと女子校だったのもあり、異性との交遊関係もなく過ごしてきた。
 社会人になっても個人的に親しくなる異性はいなかったし、私も創作に没頭していて周りを気にしていなかった。

 そういう私をそばで見守ってきてくれているからこそ、母は私のためを思って考えてくれているのだと思うと、単純に突っぱねる勇気も出ないのが本音。

 以前このような話題になった際、やんわりと『今は仕事に集中したい』と伝えたが、『蓮司くんも多忙の身だし、深く考えなくてもいいじゃない』と軽く流された。

「とりあえず……か。みんなそんなふうに軽いもの?」

 乾いた笑いとともに、小さく呟いた。

 今は仕事が大事なのは本当。
 ――でも別の理由もある。

 私は無意識に文くんを見上げた。僅かに眉根を寄せた彼に、ひとこと返される。

「ミイは彼と結婚してもいいと思ってるの?」
「思ってないよ! 私も今は仕事に専念したいし。ただ……お母さんがあの様子だから、近いうち本当に顔合わせの場を設けられそうな予感がするだけで」
「なら断ればいい」

 一刀両断の回答に頭では納得するも、心が追いつかない部分もあって反応に遅れる。ちゃんと口角を上げてから文くんを見た。

「……うん。そうだね。そうする」

 まともに文くんの顔が見られない。
 その時点で、私の彼への想いはまだ残っているのだと気づかされる。

 手に持ったプレートへ新たに料理をよそおうとトングに触れた。瞬間、顔を向けなくても文くんの距離が近くなったのを感じた。

 彼は少し身を屈めて顔を寄せている。心臓がバクバクと跳ね回っていて、危うくプレートを落としてしまいそう。

 おずおずと文くんに振り向く途中で囁かれる。