「なに言ってるの。堂本(どうもと)先生の話よ? 今まで何度か話題には出てたでしょ? それを現実にしたらどうかと思ったの」
「ああ、堂本か……。時々ジョークっぽくそんな話になったりしたけど向こうもまんざらじゃなさそうだったか……。まあ、それなら安心ではあるしなあ」

 今話にあがっている堂本先生というのは、数年前に経営が傾きかけた月島(つきしま)総合病院に経営統合の話を持ちかけ、〝堂島総合病院〟として再生させた人。

 今では落ち込んでいた病院の評判もなかったのではというほど、評価を上げているらしい。

 そんな凄腕の持ち主の堂本先生と私の両親とは旧知の仲で、私も何度か顔は合わせたことがある。
 その時に軽い話題として、堂本先生の息子の蓮司(れんじ)さんと『結婚したら?』ってサラッと話を振ってきたりはされたけど。

 まさか、母がそこそこ本気でその縁談を考えているとは思わなかった。

 大体、蓮司さんとは小さい頃に一度か二度会ったくらいで、彼については名前と医師であることくらいしか知らないっていうのに。

「でしょ? 仕事に没頭するのはいいんだけど、やっぱり欲を言えば結婚して幸せになってほしいじゃない」

 瞳には美味しい料理を映し出しているものの、心ここにあらず。私は完全に食事する手を止め、リビングでの話に聞き入っていた。

 母が私の将来を心配しているのはすでに知っている。ただ二十四歳になったばかりの私には、自分の結婚はまだ想像もつかない。

 まさかそこまで具体的に考え始めてるとは思わず、さすがに動揺を隠せない。

「堂本の息子かー。最近仕事でちょっと顔合わせたけど、欲目抜きにして好物件だと思うぞ。早めのほうがいいかもな」
「うちの文尚がもうちょっと若ければねえ。八つも上じゃ、ミイちゃん可哀想だし」

 文くんの両親の会話を聞き終えた直後、隣にいた文くんが申し訳なさそうに言う。

「なんかうちの親が悪い」
「ううん。うちこそごめんね。文くんのおかえりなさいパーティーなのに、お母さんったら私の面白くもない話題を出すなんて。ね?」

 居た堪れない気持ちを払拭するのに笑顔を作った。だけど、文くんは全然笑っていなくて、ジッと私の顔を見つめてくる。

「俺でよければ話聞くよ」

 文くんという人は昔から私の心が見えてるのではないかって感じるほど、的確に思ってることを言い当ててくる。

 今も、本当は笑顔で受け流せるほど気持ちの余裕はない。
 そうかといって、自ら『話を聞いて』とは到底言い出せないから、彼の声かけは渡りに船。

「……結構前から打診されてるの。文くんも知ってるよね? 堂本蓮司さん。私はしばらく顔を合わせてないけれど」

 天花寺家ほどの交流はないため、彼と最後に会ったのはいつだったかさえ、すぐに思い出せない。

「ああ。もちろん知ってる。うちの親も交流あるし、学会で何度か話したりしたし」

 私は一度口を噤み、しばらくしてから改めて話し出す。