文くんが今言ったように、私は短大卒業後、就職した会社を二年で退社した。
 その頃から執筆の仕事が増えてきて、両立が難しくなってきたため。

 ああ。うちの親から文くんのご両親へ筒抜けだったんだ。

 私は心の中で納得するも、自分の現状を知られていていてなんだか落ち着かなかった。
 うちと文くんの家族の中で、私だけが違う道を進んだことに気が引けている部分もある。

「うん……。そうだね。お仕事もらえてるんだから、堂々としないと失礼だよね」

 彼の言葉で自分を律し、客観的に見た立場を考えて答えた。刹那、文くんが笑いを堪えているのに気づく。

「えっ。な、なに?」
「ふっ……いや。本当、ミイは素直な子だな。可愛い可愛い」

 目を細めて頭を撫でられるだけでもドキドキするのに、可愛いだなんて言われたら冷静でいられない。

 文くんはいつもこうやって自然に触れて、ドキッとするセリフを口にする。ま
 あそれは全部、〝妹相手〟の感覚なんだって知ってるけれど。

 私は料理に手を伸ばす文くんをチラッと見やる。

 文くんにとって私は異性を感じさせない妹みたいな存在でも、私にとって文くんはやっぱり優しくてカッコよくて……彼以上の男の人に出会ったことがない。

 もしも文くん以上の人が現れたら、私はその人のこと好きになるのかな……。全然ピンと来ない。

 モヤモヤした気持ちでいたら、リビングのソファで盛り上がってる両親たちの声が聞こえてきた。

「本当、文尚くん、ますます立派になって帰ってきて。頼もしいわね」
「俺が文尚の歳の頃はもっとしっかりしてたぞ。なあ?」

 私の母が絶賛すると、匠さんが冗談めかして対抗する。すかさず反応したのは、もちろん由里子さん。

「どうだったかなあ」
「おい。まったく、あの頃の俺の敏腕な姿に惚れたくせに」

 匠さんと由里子さんは昔から仲が良いのがよく伝わってくる。だから、こんなやりとりも微笑ましい。

「ミイちゃんも、ちょっと見ない間にすごく綺麗になったわよね~! もう大人ねえ」
「そう? だけど今は完全に在宅ワークになってしまったから、勿体ないと思ってるのよ。もうすぐ二十五よ。そのくらいの時期、一歩外に出れば出会いの場がたくさんあるでしょう。交友関係はもちろん、将来のことが心配になってきちゃった」

 母と由里子さんの会話に、思わずリビングから顔を背ける。

「まあでも、家にいればある程度の危険を回避できるっていうメリットもあるだろ」
「もちろんそうだけど、でもダメよ。せっかく若いんだし、いろんな人と関わったほうがいいわ。いい大人になってからの方が危ないわよ」

 父が返した言葉にも、母はすかさず反論していた。

 気にしないでいようと思えば思うほど、意識してしまう。母が少し声を落としたって耳についてしまうくらいに。

「でね。少し前から考えてることがあるんだけど。結婚相手はいっそ、お見合いでどうかと思って」
「えっ。初耳だぞ」

 父の反応は私の心の声そのものだった。
 衝撃的な内容に、無意識にまたリビングへ視線を向けていた。