県大会を終えた次の週。文化祭のこともそろそろ決めて行こうと思った俺は今、夏織と電話をしている。
『うん。まずは、各班のメンバーを発表して、夏休みが終わるまでのおおよそのスケジュール案を出すのがいいと思うんだ。それから、班ごとに集まってもらって、顔合わせと、できれば役割分担も決めてもらうと。』
これは、大会の前には考えていたことだった。
「うん、いいと思うわ。その後、各班のスケジュールとか細かいところはまた班長会議で決めて行くってことよね?」
話が早いな。
『うん、そのつもりだよ。どうかな?』
「いいと思うわ。」
『ありがとう、じゃ、次は、スケジュール案を考えよう。制作としてのスケジュールって、どんな感じかな?』
これに関しては、調理班のことについてはまだちゃんと考えられていなかった。ある程度は、浩司が考えてくれているみたいだけど。
「そうね、まず私の設計が2回目のホームルームまでに終わるから、そこで材料の数もわかりそう。あとは、買い出しの日程を決められれば問題なしよ。ちなみに、買出しには始業式の日がいいかなと思ってるわ。そうすれば、夏休みの間に近場にあるホームセンターを見て回れるし」
『すごいな!さすが!もうそんなに決まってるんだ!』
やっぱり夏織は頼りになるな。
「いや、まだ決めてはないわ!飽くまでも、案よ」
『いやいや、そこまで考えてくれてるなら皆賛成してくれるよ!』
少なくとも俺は大賛成だ!
「あ、ありがとう。そうだといいわ」
『いやいや、こちらこそありがとう!じゃ制作のスケジュールを参考に考えると』
制作のスケジュールを、他の班に当てはめていく。
『衣装、メニュー、は夏休み前に決めて、衣装は夏休み中には発注。調理班は夏休み中に買出し先を調査。試作もやった方がいいな。それに、保健所への検体依頼もできればスムーズだよね。』
こんなところだろうか?
「うん、完璧だと思うわ。そしたら、お客さんに配るメニュー表みたいな物は、ウェイター班に任せたらどうかしら?それな、夏休み中も、暇を持て余すこともないじゃない?」
確かに。委員長がやることがないとごねる前に手を打っておいた方がいい。
『うん、いいアイディアだね!提案してみよう!あ、それとさ、調理班として相談があるんだけど。。』
実は、結構困っている。
「う、うん、なに?」
『あぁ、えっと、当初の予定では、俺特製のスポーツドリンクを出す予定だったと思うんだけど。。』
あぁ、言いにくい。。
「うん、そうね?」
『この間浩司から提案があって、スポーツドリンクだと他のメニューに合わせにくいし、なにか別の物にしてもいいんじゃないかって』
そう、俺に提案した浩司もすごく言いにくそうにしていた。しかし、全くもってその通りなのだ。
『それで、俺なりにちょっと考えてみたんだけど、メニューはお店のイメージに合わせて考えるのがいいと思うんだ。だから、その、夏織の設計はどんなイメージなのかなと。。』
あ、心の中で名前で呼んでいたのがついに出てしまった。
いや、いい機会だ。やめろと言われるまではもう名前で呼ぼう!!笑
「え、えっと、私の考えでは、やっぱり教室内に床から天井までの壁を作るのは、危ないし難しいと思っていて、でもその分、見栄えのいいカウンターをしっかりと作ろうと思ってるの。高さで言ったら120cmくらいかしら?皆の胸より少し低いくらい?の高さね。それをコの字型に作るつもり。作り自体もだけど、塗装もしっかりやれば、見た目もそれなりなると思うわ。塗装後のイメージは、ちょっと暗い色のログハウスって感じかしら?ビンテージっぽい色ね。」
おぉ!それなら俺のイメージとぴったりだ!
『なるほど!かなりシックな感じになるんだな!そっか!だったらいけるかもしれない。』
「なにが?」
『うん、メニューの変更を考えだ時に、やっぱり特色がほしいから、なにかブレンドして作れる物がよかったんだ。そこで思いついたのが紅茶!』
意外に思うかもしれないが、これが奥が深くて面白いんだ。
『紅茶なら、他のメニューとも合わせやすいと思ったし、アイス用、ホット用でブレンドを変えたらそれも特色になると思ったんだ。』
「いいと思うわ!お店の雰囲気的にも!っていうか、肇、は、紅茶も作れるの??」
え?名前?
『いや、まだ作れない。でも、調べていたらすごく面白そうで、それこそ夏休みの間に試作してみようと思うんだ!』
できれば、夏織と一緒に研究したい。というのは言わないでおいた。
浩司の立場もある。
「それなら、ドリンクは紅茶で行けそうね!
メニューは、例えばだけど、パウンドケーキとかどうかしら?あれなら、3種類くらいにしたら材料費も安いし、調理器具も少なくて済むわ!」
『なるほど!パウンドケーキか!いいアイディアだ!けど、パウンドケーキってそんなに簡単に作れるのか?』
ちょっと想像がつかなかった。
「えぇ、簡単よ。ボールと泡立て器、それに電子レンジがあれば作れるわ。型もあれば完璧だけど、無ければ牛乳パックで十分よ」
うーん、素晴らしい!
『すごいな!夏織は本当に何でも知ってるんだな!ありがとう!これならいけるかもしれない。浩司に相談してみるよ!』
本当にそう思う。夏織の知識は、すごく幅広い。
こうして迎えた2回目のホームルーム。
各班のメンバーと今日から文化祭当日までの大まかなスケジュールを伝える。
今回は夏織が発表役なので、心配ない。
「では、早速ですが、今日は、各班のメンバーを発表します。それから文化祭当日までのおおまかなスケジュール案を伝えますので、その後は班ごとに集まって顔合わせと、班長を中心に役割分担も決められるところまで決めてください。」
ざわつきが収まるまで一旦区切る。
「では、各班のメンバーを貼り出します。」
この手の資料は全て夏織が作ってくれている。ありがたい。
かなりざわついているので一旦時間を取るようだ。
夏織からの目配せに頷く。
その後は各班に別れての話し合いになった。
調理班の班長は浩司なので、基本的に進行は浩司に任せている。
「肇からの提案で、メインのメニューはパウンドケーキがいいかと思ってるんだけど、皆いいか?」
浩司は、会議の進め方が上手い。時々笑いも入れながら、無駄なく話が進んでいく。
「それと、ドリンクメニューはスポーツドリンクじゃなくて紅茶にしようってことで、肇とは話がまとまってる。これも皆いいか?」
各々頷く。もちろん、俺も。
「あとさ、肇、このブレンドは肇が中心で作ってくれるんだよな?だとしたら、東堂と一緒に作った方がいいんじゃないか?」
ん?
『いや、いいけど、なんで??』
率直に聞いてみた。
「悪い、押し付けたい訳じゃないんだけどさ、2人が中心になってる店だし、2人で考えた物を出したいなと思ってさ!それに、俺は紅茶のことは全然わからないし…」
まぁ、それもそうか。
ってなんでちょっと照れてるんだ?
ん?ひょっとして?
『まぁ、俺はそれでもいいけど、皆はいいのか?調理班として』
「うん、俺達は全然かまわないぞ!肇と東堂が作った物なら間違いないだろうし!」
ということで、紅茶は俺と夏織で考えることになった。
周りを見ていると、どこも問題なく話し合ってるみたいだった。
制作班も夏織を中心に楽しそうにやっている。
夏織とよく話をするようになって、最近思っていることがある。
それは、香りの口調が以前よりもずっと柔らかくなったと言うこと。
そのせいか、性格もすごく明るくなったように感じる。
そして、俺は変わっていく夏織にどんどん惹かれている。
幅広い知識と回転の速い頭。少し気が強そうに見えるけど、面倒見がよくて優しい。
本当に素敵な人だ。
その後はいつものように班長会議。
これも問題なく終えることができた。
紅茶のブレンドについては夏織と2人で作ることが決定した。
それにしても、あの時の浩司顔。。
ひょっとして、俺の気持ちに気付いて気を遣ったのか??
まだ付き合いは浅いけど、'らしいな'と思った。
あいつは本当に気のいいやつだ。
部活を終えて帰宅すると、メールが入っていた。
?夏織から??
開いてみると、今夜電話できないかという内容だった。
OKということと、何時頃にするかを返信して、風呂に入り、ゆっくりと夕飯を食べた。
ふと、考える。
今、俺はこれまでの人生の中で1番学校が楽しいと感じている。小学校も中学校も楽しかったけど、今程ではない。
それは、夏織の存在だけではなく、浩司や剣道部の主将、恒星のおかげだと思っている。
と同時に、この環境は、もう長くはないのだと、どうしても考えてしまう。
まだ一学期とはいえ、高校も、最後の年なんだ。
夏織とはたまたま志望する大学が一緒だったので、近いところにはいられる。でも、浩司達友達とは、別々の学校に行くことになるだろう。
それに、夏織とのことも、いくら同じ大学だからと言っても、こんなに近くにいられるとは限らない。。そう、もし、夏織に彼氏ができたら。。俺は、どうする?
考えただけでも胸が張り裂けそうになる。
もし、それがどうしても嫌なら告白して成功するしかない。。
いや、待て。落ち着こう。今日明日の間にどうにかなる訳じゃないんだし。まだチャンスはある。
ちゃんと自分の中で気持ちを整理して、はっきりと夏織のことが好きだとわかったら、その時に告白のことを決めよう。
まずは、この気持ちに目を背けないことが大事だ。
『なるほど。それは確かに気がかりだな。』
話によると、夏織の所属する吹奏楽部内で人間関係に問題があり、近々大きな事件になりそうな気配を感じるのだという。
「でしょう?でも今の状況だとなにもできないのよ。」
その上、その背景には恒星が絡んでいるようで、この件は一旦恒星に預けるように言われたようだ。
『うん。夏織の気持ちもわかるけど、ここは、恒星を信じて任せるしかないんじゃないかな?』
「そうよね?私もそう思う。けど、私が心配なのは、なにか起きて、この問題が今まで以上に大ごとになった時に、樋口一人の責任。みたいになるのが怖いのよ。」
言うと思った。夏織は、すごく優しいと思う。あまりそういう一面を人に見せないだけで。
『それは、多分大丈夫だと思うよ。』
「どうして?」
『多分、今の状況に気付いてるのは、夏織くらいなんじゃないかな?仮に気付いてたとしても、恒星がなにか仕掛けてるところまでわかってるのは夏織くらいだよ。多分だけど』
そんなに小さな変化に気付ける人なんてそんなにいないもんな。
『それに、恒星はそんなに不器用じゃないと思うよ!きっとうまくやってくれる。上手く行ったときに、改めてお礼を言ったらいいんじゃないかな?』
本心だ。
「そうね。確かにその通りだわ。ありがとう。聞いてくれて。」
『いやいや、大したことはしてないよ。またいつでも言ってよ。』
また話したい、とは言わないでおいた。
「ありがとう。そうさせてもらうわ。それと、もう一つあるんだけど…。」
『ん?なに?』
なんだろう?
「遅くなってしまったけど、この間の大会、お疲れ様。準優勝、おめでとう。」
一瞬、なんのことかわからなかった。
『え?あぁ、ありがとう。』
「私は、剣道のことはよくわからないけど、肇の試合は、とても素晴らしかったわ。それに、あの、か、かっこよかったわ。」
なっ!かっこいい??まさか夏織の口からそんな言葉が聴けるとは。。(°_°)
『ありがとう!そんなに褒めてくれるなら、頑張った甲斐があったよ。決勝では負けてしまったけど、今回の負けには納得してるんだ。』
飽くまで平静を装って答えた。
「そうなの?私には、紙一重に見えたけど。」
『うん、でも、確実に相手の方が一枚上手だったと思う。自分らしい剣道をして、負けたんだから、それでいいんだ。もちろん、次は負けない気持ちで頑張るけどな!』
「そう、すごく素敵ね。」
素敵と言われて舞い上がり、少し剣道の話をした。
あ、そう言えば。
『夏織の、コンクール?は、いつなの?』
「あ、えっと8月の頭だけど。」
『そっか!じゃ、関東大会の後だ!俺、聴きに行きたいんだけどいいかな?』
「え?えぇ、も、もちろんいいけど」
『けど?』
「い、いえ、もちろん!来てくれたら、すっごく…嬉しいわ」
夏織の慌てっぷりに思わず笑ってしまった。
『よかった!じゃ行くね!詳しい時間とかわかったら、教えてほしい。』
「うん、わかった。あの、ありがとね。」
言ってみるもんだな。
楽しみが増えた!!
3回目のホームルームは全て問題なく進み、
俺達のクラスの喫茶店の店名が決まった。
その名も
喫茶「はじめ堂」
なんだか照れ臭い名前だけど、俺と夏織の名前を入れようと言う意見が出て決まった。
クラスメイトから自然と意見が出てくるようになって嬉しかった。
それともう一つ、このホームルームも前半は班ごとに分かれて話し合いをしたんだけど、夏織の口調が、これまでと比べて随分と砕けてきてるみたいだった。もちろんいい意味で。それだけ夏織がクラスに打ち解けてきた証拠だろう。それは俺にとっても嬉しいことだった。
と、同時に、なんだか少しだけモヤモヤした。
なぜかは、わからない。
けどよかった!夏織が楽しそうで!
俺の関東大会も滞りなく終わった。結果はベスト8。惜しくも全国大会への切符は逃してしまった。でも、満足している。
準々決勝で俺を破った選手はそのまま優勝した。
素晴らしい選手だった。彼には、どうあっても勝てなかったと思う。
だから今回は負けでいい。
俺の剣道は、これからも続いていくから。
またいつか、あの選手とも、岡田とも戦いたい。
そして、約一週間経った今日、俺は宇都宮にあるコンサートホールにきている。
今日は、夏織が出場する吹奏楽コンクールの県大会だ。
出演順は3番目なので、俺は開会式からいることにした。
先日電話で相談を受けた件は、無事に解決したらしい。
聞けば仕掛けたのもまとめたのもほとんど恒星一人でやったらしい。
全く。。元々すごいやつだとは思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。
すごいな、恒星。心から尊敬している。夏織も、お前を褒めていたよ。
さて、2番目の学校の演奏が終わった。
いよいよ、夏織達の番だ。
俺は吹奏楽なんてちゃんと聴くのはもちろん初めてだし、まず夏織の吹いているクラリネットがどこに座っているかも知らなかった。
そのくらいのど素人だが、先の2校だけで言うなら、1番の学校の演奏の方がよかったような気がする。。
ステージに向かって左側から入場してきた夏織達が、右から順に座っていく。
ひな壇の2段目には、恒星もいる。
普段の制服とは違い、ユニホームの白いブレザーと緑のネクタイをした部員達が、真剣な表情で待機している。
最後に顧問の先生が指揮台の脇に立ったところで、アナウンスが入る。
舞台上の照明は、まだ入らない。
アナウンスの後、舞台の照明が入り、指揮者だけが礼をする。
会場が拍手に包まる中、指揮台に上がり、一拍おいて指揮棒を構える先生。同時に全員が、ブレザーを擦るわずかな音と共に楽器を構える。
数回の空振りの後、全員が揃って息を吸う音が聞こえ、演奏が始まった。
軽快なリズムと明るいメロディに始まり、すぐに一度大きく盛り上がった。金管楽器が高々とファンファーレを吹き、恒星が演奏するティンパニが更に大きく盛り上げる。
正直、ここまでだけでも鳥肌が立った。。
すごい。これが、本当に同い年の演奏なのか??
その後、一旦曲が終息していき、木管楽器を中心とした新しい旋律が始まる。
先程のメロディを大人しい曲調に変えたようなメロディで、音は確かに鳴っているのに、静寂な感じがする。不思議だ。。
ん?これは??
夏織のソロだった。
静かに語りかけるように始まり、とても心地良いメロディを歌い込んでいく。。
綺麗だ。
ソロを吹く夏織の表情はとても穏やかで、メロディと相まってとても綺麗だ。
ひとしきり歌い終えたメロディを他の管楽器がどんどん引き継いでいき、最後には全員での合奏になった。
メロディだけでなく、伴奏の楽器も沢山ある。その1番下では恒星がバンド全体を支えているようだった。
そして、いきなり冒頭の軽快なリズムが戻ってきたと思ったら、今度はどんどん駆け抜けて行き、最後に全員で着地して終わった。。
一瞬の静寂の後、大きな拍手が会場を包んだ。
指揮者の合図で立ち上がった生徒達は、全員すごくいい顔をしていた。
恒星も、夏織も。皆が上気した顔に満足気な表情で、堂々とそこに立っていた。
これが、吹奏楽か。。
なんだ?視界がぼやける。。
演奏後は皆どこにいるんだろうと思いながら、一旦会場を出た。
少し歩き回っていると、正面玄関付近で写真撮影をしていた。
皆、いい顔しているな。
撮影後は、少し皆で話していた。
お互いに静かな微笑みを浮かべて握手を交わす恒星と夏織。涙ながらに友達と抱き合う部長の竹内。例の、阿部と高橋もいて、お互い別のグループにいたけど、表情は2人とも満足しているようだった。
よかったな、夏織。
結果はまだだけど、どんな結果でも、きっと悔いは残らないだろう。
素晴らしかった、誰よりも素敵だったよ。
音楽でこんなに感動したのは初めてだよ。
本当にありがとう。
夏織と仲良くなっていなかったら、こんな経験は一生できなかったかもしれない。
部員達の姿を遠巻きに見ていたら、何故かちょっとモヤっとしたけど、ほんの一瞬だった。
今日は、皆の素晴らしい演奏と、夏織の素敵な姿が見られて満足だ。
機会があったら、また聴きに来よう。
『うん。まずは、各班のメンバーを発表して、夏休みが終わるまでのおおよそのスケジュール案を出すのがいいと思うんだ。それから、班ごとに集まってもらって、顔合わせと、できれば役割分担も決めてもらうと。』
これは、大会の前には考えていたことだった。
「うん、いいと思うわ。その後、各班のスケジュールとか細かいところはまた班長会議で決めて行くってことよね?」
話が早いな。
『うん、そのつもりだよ。どうかな?』
「いいと思うわ。」
『ありがとう、じゃ、次は、スケジュール案を考えよう。制作としてのスケジュールって、どんな感じかな?』
これに関しては、調理班のことについてはまだちゃんと考えられていなかった。ある程度は、浩司が考えてくれているみたいだけど。
「そうね、まず私の設計が2回目のホームルームまでに終わるから、そこで材料の数もわかりそう。あとは、買い出しの日程を決められれば問題なしよ。ちなみに、買出しには始業式の日がいいかなと思ってるわ。そうすれば、夏休みの間に近場にあるホームセンターを見て回れるし」
『すごいな!さすが!もうそんなに決まってるんだ!』
やっぱり夏織は頼りになるな。
「いや、まだ決めてはないわ!飽くまでも、案よ」
『いやいや、そこまで考えてくれてるなら皆賛成してくれるよ!』
少なくとも俺は大賛成だ!
「あ、ありがとう。そうだといいわ」
『いやいや、こちらこそありがとう!じゃ制作のスケジュールを参考に考えると』
制作のスケジュールを、他の班に当てはめていく。
『衣装、メニュー、は夏休み前に決めて、衣装は夏休み中には発注。調理班は夏休み中に買出し先を調査。試作もやった方がいいな。それに、保健所への検体依頼もできればスムーズだよね。』
こんなところだろうか?
「うん、完璧だと思うわ。そしたら、お客さんに配るメニュー表みたいな物は、ウェイター班に任せたらどうかしら?それな、夏休み中も、暇を持て余すこともないじゃない?」
確かに。委員長がやることがないとごねる前に手を打っておいた方がいい。
『うん、いいアイディアだね!提案してみよう!あ、それとさ、調理班として相談があるんだけど。。』
実は、結構困っている。
「う、うん、なに?」
『あぁ、えっと、当初の予定では、俺特製のスポーツドリンクを出す予定だったと思うんだけど。。』
あぁ、言いにくい。。
「うん、そうね?」
『この間浩司から提案があって、スポーツドリンクだと他のメニューに合わせにくいし、なにか別の物にしてもいいんじゃないかって』
そう、俺に提案した浩司もすごく言いにくそうにしていた。しかし、全くもってその通りなのだ。
『それで、俺なりにちょっと考えてみたんだけど、メニューはお店のイメージに合わせて考えるのがいいと思うんだ。だから、その、夏織の設計はどんなイメージなのかなと。。』
あ、心の中で名前で呼んでいたのがついに出てしまった。
いや、いい機会だ。やめろと言われるまではもう名前で呼ぼう!!笑
「え、えっと、私の考えでは、やっぱり教室内に床から天井までの壁を作るのは、危ないし難しいと思っていて、でもその分、見栄えのいいカウンターをしっかりと作ろうと思ってるの。高さで言ったら120cmくらいかしら?皆の胸より少し低いくらい?の高さね。それをコの字型に作るつもり。作り自体もだけど、塗装もしっかりやれば、見た目もそれなりなると思うわ。塗装後のイメージは、ちょっと暗い色のログハウスって感じかしら?ビンテージっぽい色ね。」
おぉ!それなら俺のイメージとぴったりだ!
『なるほど!かなりシックな感じになるんだな!そっか!だったらいけるかもしれない。』
「なにが?」
『うん、メニューの変更を考えだ時に、やっぱり特色がほしいから、なにかブレンドして作れる物がよかったんだ。そこで思いついたのが紅茶!』
意外に思うかもしれないが、これが奥が深くて面白いんだ。
『紅茶なら、他のメニューとも合わせやすいと思ったし、アイス用、ホット用でブレンドを変えたらそれも特色になると思ったんだ。』
「いいと思うわ!お店の雰囲気的にも!っていうか、肇、は、紅茶も作れるの??」
え?名前?
『いや、まだ作れない。でも、調べていたらすごく面白そうで、それこそ夏休みの間に試作してみようと思うんだ!』
できれば、夏織と一緒に研究したい。というのは言わないでおいた。
浩司の立場もある。
「それなら、ドリンクは紅茶で行けそうね!
メニューは、例えばだけど、パウンドケーキとかどうかしら?あれなら、3種類くらいにしたら材料費も安いし、調理器具も少なくて済むわ!」
『なるほど!パウンドケーキか!いいアイディアだ!けど、パウンドケーキってそんなに簡単に作れるのか?』
ちょっと想像がつかなかった。
「えぇ、簡単よ。ボールと泡立て器、それに電子レンジがあれば作れるわ。型もあれば完璧だけど、無ければ牛乳パックで十分よ」
うーん、素晴らしい!
『すごいな!夏織は本当に何でも知ってるんだな!ありがとう!これならいけるかもしれない。浩司に相談してみるよ!』
本当にそう思う。夏織の知識は、すごく幅広い。
こうして迎えた2回目のホームルーム。
各班のメンバーと今日から文化祭当日までの大まかなスケジュールを伝える。
今回は夏織が発表役なので、心配ない。
「では、早速ですが、今日は、各班のメンバーを発表します。それから文化祭当日までのおおまかなスケジュール案を伝えますので、その後は班ごとに集まって顔合わせと、班長を中心に役割分担も決められるところまで決めてください。」
ざわつきが収まるまで一旦区切る。
「では、各班のメンバーを貼り出します。」
この手の資料は全て夏織が作ってくれている。ありがたい。
かなりざわついているので一旦時間を取るようだ。
夏織からの目配せに頷く。
その後は各班に別れての話し合いになった。
調理班の班長は浩司なので、基本的に進行は浩司に任せている。
「肇からの提案で、メインのメニューはパウンドケーキがいいかと思ってるんだけど、皆いいか?」
浩司は、会議の進め方が上手い。時々笑いも入れながら、無駄なく話が進んでいく。
「それと、ドリンクメニューはスポーツドリンクじゃなくて紅茶にしようってことで、肇とは話がまとまってる。これも皆いいか?」
各々頷く。もちろん、俺も。
「あとさ、肇、このブレンドは肇が中心で作ってくれるんだよな?だとしたら、東堂と一緒に作った方がいいんじゃないか?」
ん?
『いや、いいけど、なんで??』
率直に聞いてみた。
「悪い、押し付けたい訳じゃないんだけどさ、2人が中心になってる店だし、2人で考えた物を出したいなと思ってさ!それに、俺は紅茶のことは全然わからないし…」
まぁ、それもそうか。
ってなんでちょっと照れてるんだ?
ん?ひょっとして?
『まぁ、俺はそれでもいいけど、皆はいいのか?調理班として』
「うん、俺達は全然かまわないぞ!肇と東堂が作った物なら間違いないだろうし!」
ということで、紅茶は俺と夏織で考えることになった。
周りを見ていると、どこも問題なく話し合ってるみたいだった。
制作班も夏織を中心に楽しそうにやっている。
夏織とよく話をするようになって、最近思っていることがある。
それは、香りの口調が以前よりもずっと柔らかくなったと言うこと。
そのせいか、性格もすごく明るくなったように感じる。
そして、俺は変わっていく夏織にどんどん惹かれている。
幅広い知識と回転の速い頭。少し気が強そうに見えるけど、面倒見がよくて優しい。
本当に素敵な人だ。
その後はいつものように班長会議。
これも問題なく終えることができた。
紅茶のブレンドについては夏織と2人で作ることが決定した。
それにしても、あの時の浩司顔。。
ひょっとして、俺の気持ちに気付いて気を遣ったのか??
まだ付き合いは浅いけど、'らしいな'と思った。
あいつは本当に気のいいやつだ。
部活を終えて帰宅すると、メールが入っていた。
?夏織から??
開いてみると、今夜電話できないかという内容だった。
OKということと、何時頃にするかを返信して、風呂に入り、ゆっくりと夕飯を食べた。
ふと、考える。
今、俺はこれまでの人生の中で1番学校が楽しいと感じている。小学校も中学校も楽しかったけど、今程ではない。
それは、夏織の存在だけではなく、浩司や剣道部の主将、恒星のおかげだと思っている。
と同時に、この環境は、もう長くはないのだと、どうしても考えてしまう。
まだ一学期とはいえ、高校も、最後の年なんだ。
夏織とはたまたま志望する大学が一緒だったので、近いところにはいられる。でも、浩司達友達とは、別々の学校に行くことになるだろう。
それに、夏織とのことも、いくら同じ大学だからと言っても、こんなに近くにいられるとは限らない。。そう、もし、夏織に彼氏ができたら。。俺は、どうする?
考えただけでも胸が張り裂けそうになる。
もし、それがどうしても嫌なら告白して成功するしかない。。
いや、待て。落ち着こう。今日明日の間にどうにかなる訳じゃないんだし。まだチャンスはある。
ちゃんと自分の中で気持ちを整理して、はっきりと夏織のことが好きだとわかったら、その時に告白のことを決めよう。
まずは、この気持ちに目を背けないことが大事だ。
『なるほど。それは確かに気がかりだな。』
話によると、夏織の所属する吹奏楽部内で人間関係に問題があり、近々大きな事件になりそうな気配を感じるのだという。
「でしょう?でも今の状況だとなにもできないのよ。」
その上、その背景には恒星が絡んでいるようで、この件は一旦恒星に預けるように言われたようだ。
『うん。夏織の気持ちもわかるけど、ここは、恒星を信じて任せるしかないんじゃないかな?』
「そうよね?私もそう思う。けど、私が心配なのは、なにか起きて、この問題が今まで以上に大ごとになった時に、樋口一人の責任。みたいになるのが怖いのよ。」
言うと思った。夏織は、すごく優しいと思う。あまりそういう一面を人に見せないだけで。
『それは、多分大丈夫だと思うよ。』
「どうして?」
『多分、今の状況に気付いてるのは、夏織くらいなんじゃないかな?仮に気付いてたとしても、恒星がなにか仕掛けてるところまでわかってるのは夏織くらいだよ。多分だけど』
そんなに小さな変化に気付ける人なんてそんなにいないもんな。
『それに、恒星はそんなに不器用じゃないと思うよ!きっとうまくやってくれる。上手く行ったときに、改めてお礼を言ったらいいんじゃないかな?』
本心だ。
「そうね。確かにその通りだわ。ありがとう。聞いてくれて。」
『いやいや、大したことはしてないよ。またいつでも言ってよ。』
また話したい、とは言わないでおいた。
「ありがとう。そうさせてもらうわ。それと、もう一つあるんだけど…。」
『ん?なに?』
なんだろう?
「遅くなってしまったけど、この間の大会、お疲れ様。準優勝、おめでとう。」
一瞬、なんのことかわからなかった。
『え?あぁ、ありがとう。』
「私は、剣道のことはよくわからないけど、肇の試合は、とても素晴らしかったわ。それに、あの、か、かっこよかったわ。」
なっ!かっこいい??まさか夏織の口からそんな言葉が聴けるとは。。(°_°)
『ありがとう!そんなに褒めてくれるなら、頑張った甲斐があったよ。決勝では負けてしまったけど、今回の負けには納得してるんだ。』
飽くまで平静を装って答えた。
「そうなの?私には、紙一重に見えたけど。」
『うん、でも、確実に相手の方が一枚上手だったと思う。自分らしい剣道をして、負けたんだから、それでいいんだ。もちろん、次は負けない気持ちで頑張るけどな!』
「そう、すごく素敵ね。」
素敵と言われて舞い上がり、少し剣道の話をした。
あ、そう言えば。
『夏織の、コンクール?は、いつなの?』
「あ、えっと8月の頭だけど。」
『そっか!じゃ、関東大会の後だ!俺、聴きに行きたいんだけどいいかな?』
「え?えぇ、も、もちろんいいけど」
『けど?』
「い、いえ、もちろん!来てくれたら、すっごく…嬉しいわ」
夏織の慌てっぷりに思わず笑ってしまった。
『よかった!じゃ行くね!詳しい時間とかわかったら、教えてほしい。』
「うん、わかった。あの、ありがとね。」
言ってみるもんだな。
楽しみが増えた!!
3回目のホームルームは全て問題なく進み、
俺達のクラスの喫茶店の店名が決まった。
その名も
喫茶「はじめ堂」
なんだか照れ臭い名前だけど、俺と夏織の名前を入れようと言う意見が出て決まった。
クラスメイトから自然と意見が出てくるようになって嬉しかった。
それともう一つ、このホームルームも前半は班ごとに分かれて話し合いをしたんだけど、夏織の口調が、これまでと比べて随分と砕けてきてるみたいだった。もちろんいい意味で。それだけ夏織がクラスに打ち解けてきた証拠だろう。それは俺にとっても嬉しいことだった。
と、同時に、なんだか少しだけモヤモヤした。
なぜかは、わからない。
けどよかった!夏織が楽しそうで!
俺の関東大会も滞りなく終わった。結果はベスト8。惜しくも全国大会への切符は逃してしまった。でも、満足している。
準々決勝で俺を破った選手はそのまま優勝した。
素晴らしい選手だった。彼には、どうあっても勝てなかったと思う。
だから今回は負けでいい。
俺の剣道は、これからも続いていくから。
またいつか、あの選手とも、岡田とも戦いたい。
そして、約一週間経った今日、俺は宇都宮にあるコンサートホールにきている。
今日は、夏織が出場する吹奏楽コンクールの県大会だ。
出演順は3番目なので、俺は開会式からいることにした。
先日電話で相談を受けた件は、無事に解決したらしい。
聞けば仕掛けたのもまとめたのもほとんど恒星一人でやったらしい。
全く。。元々すごいやつだとは思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。
すごいな、恒星。心から尊敬している。夏織も、お前を褒めていたよ。
さて、2番目の学校の演奏が終わった。
いよいよ、夏織達の番だ。
俺は吹奏楽なんてちゃんと聴くのはもちろん初めてだし、まず夏織の吹いているクラリネットがどこに座っているかも知らなかった。
そのくらいのど素人だが、先の2校だけで言うなら、1番の学校の演奏の方がよかったような気がする。。
ステージに向かって左側から入場してきた夏織達が、右から順に座っていく。
ひな壇の2段目には、恒星もいる。
普段の制服とは違い、ユニホームの白いブレザーと緑のネクタイをした部員達が、真剣な表情で待機している。
最後に顧問の先生が指揮台の脇に立ったところで、アナウンスが入る。
舞台上の照明は、まだ入らない。
アナウンスの後、舞台の照明が入り、指揮者だけが礼をする。
会場が拍手に包まる中、指揮台に上がり、一拍おいて指揮棒を構える先生。同時に全員が、ブレザーを擦るわずかな音と共に楽器を構える。
数回の空振りの後、全員が揃って息を吸う音が聞こえ、演奏が始まった。
軽快なリズムと明るいメロディに始まり、すぐに一度大きく盛り上がった。金管楽器が高々とファンファーレを吹き、恒星が演奏するティンパニが更に大きく盛り上げる。
正直、ここまでだけでも鳥肌が立った。。
すごい。これが、本当に同い年の演奏なのか??
その後、一旦曲が終息していき、木管楽器を中心とした新しい旋律が始まる。
先程のメロディを大人しい曲調に変えたようなメロディで、音は確かに鳴っているのに、静寂な感じがする。不思議だ。。
ん?これは??
夏織のソロだった。
静かに語りかけるように始まり、とても心地良いメロディを歌い込んでいく。。
綺麗だ。
ソロを吹く夏織の表情はとても穏やかで、メロディと相まってとても綺麗だ。
ひとしきり歌い終えたメロディを他の管楽器がどんどん引き継いでいき、最後には全員での合奏になった。
メロディだけでなく、伴奏の楽器も沢山ある。その1番下では恒星がバンド全体を支えているようだった。
そして、いきなり冒頭の軽快なリズムが戻ってきたと思ったら、今度はどんどん駆け抜けて行き、最後に全員で着地して終わった。。
一瞬の静寂の後、大きな拍手が会場を包んだ。
指揮者の合図で立ち上がった生徒達は、全員すごくいい顔をしていた。
恒星も、夏織も。皆が上気した顔に満足気な表情で、堂々とそこに立っていた。
これが、吹奏楽か。。
なんだ?視界がぼやける。。
演奏後は皆どこにいるんだろうと思いながら、一旦会場を出た。
少し歩き回っていると、正面玄関付近で写真撮影をしていた。
皆、いい顔しているな。
撮影後は、少し皆で話していた。
お互いに静かな微笑みを浮かべて握手を交わす恒星と夏織。涙ながらに友達と抱き合う部長の竹内。例の、阿部と高橋もいて、お互い別のグループにいたけど、表情は2人とも満足しているようだった。
よかったな、夏織。
結果はまだだけど、どんな結果でも、きっと悔いは残らないだろう。
素晴らしかった、誰よりも素敵だったよ。
音楽でこんなに感動したのは初めてだよ。
本当にありがとう。
夏織と仲良くなっていなかったら、こんな経験は一生できなかったかもしれない。
部員達の姿を遠巻きに見ていたら、何故かちょっとモヤっとしたけど、ほんの一瞬だった。
今日は、皆の素晴らしい演奏と、夏織の素敵な姿が見られて満足だ。
機会があったら、また聴きに来よう。