私たちは小走りに寮の入り口に入った。石家先生の部屋は1階フロアの左端にあった。石家先生はドアを開けて部屋の電気と暖房をつけた。部屋から煙草の臭いがモワっと鼻を突いた。
(うわぁ……何これ……)
部屋の中を見回した私はつい心の中でつぶやいた。部屋の左壁側には敷布団を敷いたままでその上には掛布団は無造作にひっぺらかしたままになっていた。床にはチノパンツやTシャツ、トレーナー、スウェット上下、ケーシー白衣が脱いだままの状態で散乱しており、パンツが2枚程洗濯ハンガーに干したままの状態で窓のカーテンレールに吊り下げてあった。教科書や医学辞書、漫画も床に散乱していた。部屋の真ん中にあるテーブルの上には教科書と、煙草の空き箱、灰皿には煙草の吸殻が山のように積もられていた。流し台の前にはコンビニで購入した食料がビニール袋に入ったまま放置されていた状態で置かれていた。
(先生、こんな汚い部屋で暮らしていたんだ……)
爽やかで育ちの良い感じの石家先生からは想像できない部屋の状態を見て、私は衝撃を感じた。それと同時に石家先生の荒んだ生活ぶりを目の当たりで見て、先生は普段まともな食事を摂っているのかどうか、健康面は大丈夫なのか若干心配になった。
石家先生は、赤いダウンジャケットを脱いでそのまま床にポーンと投げ、掛布団を剥いで服を着たまま「よっこいしょ。」と敷布団の上に大の字になって横たわった。
「先生大丈夫?」
私は石家先生が横たわっている布団の横にしゃがんで声をかけた。
「う~ん……大丈夫じゃないけど大丈夫~。」
先生は目を閉じた状態で意味不明なことを言ってきた。私は数秒間、目の前で大の字になって横たわる石家先生の姿を眺めた。
「じゃあ先生、私帰りますね~。おやすみなさ~い。」
私が立ち上がろうとした瞬間、石家先生は右手で私の左腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。
「キャッ!」
私はよろけてしまい、左頬が石家先生の右胸にドンと当たった。そして先生は両手を伸ばして私の肩を包むようにして抱き寄せた。石家先生の胸板の心地よい暖かさと胸の鼓動がドクドクと左頬を伝って響いてきた。同時にお酒と煙草の臭いも強く感じた。
(えっ、えぇー!!ちょ、ちょっ、ちょっとこれは!えっ?えっ?ど、どうしよう!)
私の胸の鼓動は物凄いスピードでドクドク鳴り続いていた。
「帰らないで……傍にいて……丸ちゃん……」
石家先生は囁くような声で言ってきた。
(えっ、えっ、どっ、どうしよう……ま、まっ、まさかこんな展開になるなんて……)
予想もつかなかった展開にビックリして身体が動かなかった。
(もしかして寂しいのかな……す、少しの間ならいいかな……)
「はい……」
とにかく私は石家先生に寄り添った。
(ちょっとだけ……)
予想外の展開に戸惑いつつこの最高の状態が続くと良いなぁなんて思いながら、石家先生の胸にそのまま自分の体を預けた。胸の鼓動が強くドクドク鳴っていた。石家先生は、私の右頬に垂れた髪の毛をやさしく左手で払いのけ右頬に手を添えて自分の方に向かせ、顔を近づけた。石家先生の口臭であるお酒と煙草の臭いが強く鼻をついた。その習慣、石家先生の柔らかい唇が私の唇にそっと触れてきた。そしてすぐに先生の舌が私の口の中にぬるっと入ってきた。
(えっ、えぇー?!こっ、これは?!な、なになに?!ま、マジ?!)
私は心臓が口から出そうなくらいの驚きとトキメキが同時に襲来してきたのを感じた。そのまま冷凍マグロのごとくジッとして目を閉じた。口の中に先生のぬるっとした舌の感触と同時に煙草の味が伝わってきた。生まれて初めての感触だった。先生の感触を味わっている間、私は頭の中が真っ白になりそうだった。胸の鼓動はMaxでドクドク鳴り続けていた。数秒間の出来事だった。
石家先生は唇をそっと離し、私を抱き寄せたまま目を閉じた。
「丸ちゃん、俺、旅行の時からいいなぁと思っていたんだよ……」
石家先生はぽつりとつぶやくように言ってきた。その言葉を聞いたとたん、私の胸はドクンと強く高鳴った。
(先生、私のこと……えっ!?これって両想い!?)
「わ、私も……いいなぁと思っていました……」
私は石家先生の首のところに顔を埋めながら小さな声で呟くように言った。石家先生の頸動脈の鼓動と体温の優しい暖かさが心地よく伝わっていた。私はジッと蹲りながら石家先生からの言葉を待った。
「スぅ~~スぅ~~スぅ~~」
聞こえてきたのは先生の寝息だった。
(えっ?)
肩を抱き寄せていた腕はだんだん力が尽きてすり落ちていった。石家先生はそのまま寝入ってしまった。私はムクッとゆっくり起き上がり、先生の上に掛布団をかけてあげた。
「先生~私帰りますね。おやすみなさ~い。」
私は石家先生の寝顔に向かってささやき、そのまま玄関で靴を履いて部屋を出た。腕時計を見ると、もう23:00を超えていた。
車に乗り込み、他の職員に見られないように急いで病院の敷地を出ていき、帰路についた。ハンドルを握りしめながら、石家先生との温かくて柔らかい感触全てを思い出してウキウキした。何て私は石家先生と貴重な時間を過ごせたのか、どんなシチュエーションであれ、素晴らしい体験をしたんだろうと改めて思い、嬉しくて仕方がなかった。
「まさかこんな展開になるなんて!先生と両想いだなんてスゴイじゃん私!」
私は車の中でハンドルをバシバシ叩きながら思わず叫んだ。
自宅に帰りついたのは深夜の0:00過ぎていた。家の中は真っ暗で両親はとっくに寝ていた。
部屋に入ってカバンとコートを脱ぎ、浴室へ行ってお風呂に入った。暖かい湯舟につかりながら再度石家先生との素敵な時間と暖かい感触、口から伝わった煙草の味……その時のこと全てを思い出してはニヤニヤしていた。
「もしかして……私、先生と結婚するのかな……」