「いや~わるいねぇ~丸田く~ん。」
車を停めたとたんに喜屋武教授は後部座席のドアを開けて乗ってきた。その後になだれ込むように石家先生が乗ってきた。助手席には松田さんが乗り込んだ。車内は一気にお酒の臭い匂いが蔓延した。むせ込むような臭さに耐え切れず、外は寒いけど私は5cm程度運転席の窓をあけた。冷たい風が右側から容赦なく入ってくるが、その刺激で私の頭はシャキッと冴えてきた。
「忘年会だからついつい呑みすぎちゃった~。」
助手席で松田が明るい声で言ってきた。松田はワインが好きで、私が見ただけでも5杯くらいグビグビと呑んでいた。喜屋武教授もビールをノンストップで呑んでいた。
「僕もついつい呑みすぎちゃいましたよぉ~。」
石家先生もクシャクシャ笑顔で言ってきた。
「今日は忘年会だからねぇ~無礼講だよ、無礼講!」
喜屋武教授も上機嫌な声で言ってきた。
(車内でゲロ吐くなよ、みんな。)
私はそんな3人の酔っ払いぶりを見て、車内で嘔吐されるんじゃないかと思ってヒヤヒヤした。
「これからみんなで二次会にいくか?」
喜屋武教授が上機嫌で言ってきた。時間は21:30を回っていた。
(二次会?行けば石家先生とまた一緒にいられるけど、ちょっと疲れてるし明日朝が辛いかなぁ~)
私は、ハンドルを握りしめながら二次会に行きたい気持ちと夜遅くなって朝起きれなくなる不安との間で心が少し揺れていた。
「いや、明日も勤務だからやめましょうよぉ~。あたし家に帰って寝たいですぅ~。」
松田が後部座席の方を向いて目が座った顔で言ってきた。
「じゃあ辞めよう。」
喜屋武教授は少しがっかりした表情を浮かべて言った。石家先生は相変わらず目が座った真っ赤なクシャクシャ笑顔で座っていた。
車はまず喜屋武教授の現在住んでいるという病院から2km離れた場所にあるマンションへ向かった。喜屋武教授の自宅は東京都内にあり、D病院赴任に伴い、単身赴任でこのマンションに住んでいた。マンションは白塗りの5階建てで喜屋武教授は1階に住んでいた。
「じゃあお疲れさん!」
喜屋武教授は上機嫌な声で挨拶をして車を降りて歩き出した。少しヨロヨロした足取りで、マンション前にある3段ほどの階段を昇るときにコケるんじゃないかと心配していたが、無事に昇りきりマンション入り口へ入っていった。
次に車は病院の職員駐車場へ向かった。そこには松田の彼氏が迎えに来ていた。松田は高校時代の同級生と付き合っており、前にそろそろ結婚を視野に入れていると話していた。
「じゃあ、お疲れさまでしたぁ~。」
松田は上機嫌な声で挨拶をして、車を降りて行った。そしてまっすぐ彼氏が乗っている黒のセダン車に乗っていった。車はすぐに職員駐車場を出て行った。それを見届けて私は駐車場を出て今度は病院裏にある医師の寮前へ向かった。
「丸ちゃん悪いねぇ~。ここまで送ってくれて。」
石家先生はクシャクシャ笑顔で後部座席から言ってきた。
「いえいえ。これくらい大丈夫ですよ~。」
私は運転しながら満面の笑みで言った。フロントミラーごしに石家先生のクシャクシャ笑顔が見えた。
(酔っぱらっている先生、やっぱりカワイイなぁ~。)
私は石家先生のクシャクシャ顔をフロントミラーで見ながらしみじみ思った。
車は医師の寮前に着いたので、私は寮の前にある駐車場に車を停めた。そのときだった。
石家先生は後部座席から運転席の方へ身を乗り出したてきた。そして、私の左頬にチュっと軽くキスをしてきた。
(えっ?)
私は激しく驚き、ドキんと胸が強く鳴ったのを感じた。
「丸ちゃん、ありがとう。」
「あっ、はい……」
私はいきなりの出来事にそのままフリーズしていた。
「ねぇ……俺の部屋に来る?」
「えっ?」
(どうしよう……こんなの初めてだよ……)
石家先生が私の左頬に顔を寄せて囁くように言ってきた。とても嬉しい反面、こういうことは生まれて初めてなので、かなり動揺していた。でも、石家先生とここまで接近できたこと、男の人から頬にキスをされたのは初めてのことなので、嬉しさの方が勝っているのを感じた。胸の動悸は強くなっていった。
(先生、相当酔っぱらているのかな……部屋へ送り届けた方が良いのかな……)
「先生~相当酔っ払っていますね。大丈夫ですか?」
私は、自分のトキメキを悟られないように自分なりに必死で平静を取り繕いながら言った。
「そうそう、酔っていますよ~。でも大丈夫。丸ちゃんはカワイイよねぇ~。」
先生は私の左側の頬に顔を寄せたままフニャっとした感じで言ってきた。
(カワイイだなんて……)
親以外の男の人からカワイイだなんて言われたのは初めてだった。胸のドキドキはずっとハイスピードで高鳴っていた。嬉しすぎるのと驚きとで私の心は混乱していた。
「と、とにかく先生、部屋まで行きましょう!」
私は慌てて運転席のドアを開けて車から降りた。石家先生も右側後部座席のドアをゆっくり開けて車から降りた。夜風は更に冷たく、容赦なく身体を突き刺していき、そのおかげで更に頭は冴えていった。