居酒屋から車を走らせおよそ10分後に目的地である高層ビルへ到着した。駐車場に車を停め、私たちは寒い外気を避けるがごとく身を丸めて小走りにビル入り口へ入っていった。ビルに入ったとたんに、ほんわか暖房が効いていて心地良さを感じた。エレベーターに入り、最上階である19階のボタンを押した。エレベーターのドアが開くと、展望スペースの大きな窓が広がり、その前には銀の手すりが横長く設置されていた。窓際には多分カップルであろう大学生らしき男女が1組、身体を寄り添いながら夜景を眺めていた。私たちはゆっくりと大きな窓に向かって歩いていき、並んで手すりにもたれながら夜景を眺めた。夜の暗がりの中でビルやお店、高層マンションの窓から漏れる灯りが点々と輝きを放っており、下を見下ろすと信号待ちをしている自動車の列からのフロントとテールランプの赤白の光が続いており、まるでネックレスのように見えた。
「ここからS市内を一望できて、とてもキレイなんですよ。仕事終わった後、たまに車を走らせてここで夜景を眺めているんです。」
私は窓から広がっているS市内の夜景をジッと見下ろしながら言った。
「そうなんだ~。」
石家先生も窓に広がる夜景をジッと見ながら返事をした。
「先生は東京の病院にいた時、たまに高層ビルまで夜景を見に行っていたんですか?」
「いいや。病院勤務が始まってからはそんな余裕なかったよ。夜景をゆっくり見たのはかなり久しぶりだね。多分大学時代以来かな。」
石家先生は窓から広がるS市の夜景をジッと見ながら言った。
「そうなんですね。都会ではネオンが輝いていてここよりも数段夜景がきれいなんだろうなぁ~。」
「まぁ確かにキレイだけど、でもここの夜景もとても素敵だよ。あっちの山の方なんか暗闇にポツンポツンと光が見えているだろ?」
石家先生は遠くに黒く見えるS市の端にあるS山の方を指さした。山の麓には所々に白い光が見えていた。
「深い暗闇に白い光が煌々と輝いていて一層綺麗だよね。都会はネオンが多いからそれだけ光が多くてキレイに見えるけど、それとは違う。輝き方が違うんだよ。」
石家先生はジッとS山の方を見ながら話した。
数秒、または数分間経過したのか。私たちは寡黙に夜景を見ていた。いつのまにか同じ展望スペースにいた大学生カップルはいなくなり、私たちだけしかいなかった。二人きりで過ごしたこの数時間の間に距離が近づいたように感じた。夜景を見ていたら、石家先生は今までどんなデートをしていたのか、ふと聞きたくなった。
「先生は大学生の時、どんなデートをしていたんですか?」
私は手すりにもたれながら横目で石家先生を見た。
「ん?俺?」
「はい。」
「う~ん、そうだねぇ……まぁ食事したり、部屋でまったり過ごすくらいかな。たまに遊園地に行ってたくらいかな。試験勉強や臨床実習で忙しくなってからはそんな時間が取れなかったし、デートする余裕はなかったよ。それでその時付き合っていた彼女とは自然に終わったんだ。」
石家先生はまっすぐ夜景を見ながら答えた。
「そうなんですか……」
「まあね。丸ちゃんは?」
「へっ?」
「丸ちゃんはどんなデートをしていたの?」
「へっ?」
私は思わず顔を下に向けて俯いてしまった。
「わ、私は……デートだなんてしたことがなくて……恥ずかしいですよね。22歳にもなってデートなんか行ったことないなんて。どうしようもないヤツですよねぇ。」
22歳になってもまだ一度もデートなんか行っていない、彼氏なんか一度もできたことがない、付き合ったことがない。22歳の女性なら、少なからず恋愛経験があり、彼氏もいて当たり前な感じなのに、それなのに私は何にもしたことがない。そんな自分がとても恥ずかしくなった。
「いや、どうしようもないヤツなんかじゃないよ。別にデートをしたことあるとかないとかは関係ない。」
「えっ?」
私は顔を上げて石家先生の顔を見上げた。
「だって、別にデートなんてしなきゃならないものではないでしょ?」
「はぁ。」
「俺だって、そんなにデートなんか行っていないよ。大学時代に付き合っていた人はいたけど、お互い勉強や実習に忙しくてデートなんかほとんど行かなかった。別に恥ずかしいことなんかじゃないよ。」
石家先生は私の方を向いてニッコリ笑った。先生の笑顔を見て私は心が軽くなっていた感じがした。そして、恋愛経験のない私のことを「恥ずかしいことではない。」と言ってくれたことが、何だか私のことを慰めてくれている感じがしてとても嬉しかった。
(そうか……先生そう思ってくれていて嬉しい。でも先生が大学時代に付き合っていた彼女はどんな人だったんだろう……どんな付き合いをしていたんだろう……?)
石家先生の大学時代の恋人のことは気になったけど、先生のことを少し理解した気分になったことや、先生が私のことを慰めてくれたこと、素敵な笑顔を向けてくれたこと、それらがとても嬉しかった。
「あ、ありがとうございます。」
私は口角を上向きに、少し俯いた状態でお礼を言った。
「そろそろ帰りますか?」
「あぁ、そうだね。」
私たちは展望スペースのエレベーターに乗って1階まで降りた。ビルの出入り口から外へ出た途端に外の冷たい空気が身体に突き刺さった。私たちは小走りで駐車場へ行き急いで車に乗り込んだ。
数分車を走らせていて私はハンドルを握り締めてフロントガラスから見える前方車両のテールランプを見つめながら石家先生へ聞いた。
「先生、今日は楽しかったですか?少しはストレス発散できました?」
「うん、楽しかったよ。久しぶりに美味しいお酒が飲めて、素敵な夜景を堪能できたからね。おかげで良い気分転換になった。ありがとう。」
石家先生はそういってこちらにニコっと笑顔を向けた。
「こちらこそ。私も楽しかったです!」
私はニヤっと口角を上げた。
(やった!今日は見事に成功した!先生は私のこと、少しは好意を持ってくれたかな?)
私は嬉しさで顔がニヤつくのを必死にこらえた。ウキウキしながらハンドルを回した。
車はⅮ病院裏にある職員寮の前に到着した。
「今日はありがとう。お疲れ様です。」
石家先生はクシャとした笑顔でお礼を言って車のドアを開けて降りた。
「先生、ありがとうございました。おやすみなさい。」
私も微笑みながら言った。
「気を付けて帰ってね。おやすみなさい。」
石家先生はクシャっとした笑顔のまま車のドアを閉めた。私は軽く一礼して車を走らせた。フロントミラーを見ると、石家先生はまだその場に立っているのが見えた。私を見送ってくれたのだ。
(先生、優しいなぁ。もしかして私に好意を持ってくれたのかな……)
そんなことが頭に浮かび、私は更にウキウキしながらハンドルを握って帰路についた。
家に帰りついたのは23時少し手前であった。両親はとっくに寝ているため、玄関を開けると真っ暗だった。私はそぉ~っと入り、自室でコートを脱ぎカバンを置いた後、浴室で風呂の湯を温め直し、お風呂に入った。湯舟につかりながら今日の出来事を思い出してはニヤニヤしていた。
「石家先生は私に好意を持ってくれている!」
間違いなく自分と石家先生との距離は近づいたと勝手に確信した私は、嬉しさを噛みしめながら湯舟に身体を埋めて温まり、身も心もホカホカの状態でお布団に入り眠りについた。
翌朝、母親の「早く起きなさい!!」という大声で何とか目覚めたが、出発が遅れ、朝の車が渋滞する時間帯で通勤したため遅刻ギリギリ病棟へ到着し、またもや米倉主任に怒られてしまった。
「ここからS市内を一望できて、とてもキレイなんですよ。仕事終わった後、たまに車を走らせてここで夜景を眺めているんです。」
私は窓から広がっているS市内の夜景をジッと見下ろしながら言った。
「そうなんだ~。」
石家先生も窓に広がる夜景をジッと見ながら返事をした。
「先生は東京の病院にいた時、たまに高層ビルまで夜景を見に行っていたんですか?」
「いいや。病院勤務が始まってからはそんな余裕なかったよ。夜景をゆっくり見たのはかなり久しぶりだね。多分大学時代以来かな。」
石家先生は窓から広がるS市の夜景をジッと見ながら言った。
「そうなんですね。都会ではネオンが輝いていてここよりも数段夜景がきれいなんだろうなぁ~。」
「まぁ確かにキレイだけど、でもここの夜景もとても素敵だよ。あっちの山の方なんか暗闇にポツンポツンと光が見えているだろ?」
石家先生は遠くに黒く見えるS市の端にあるS山の方を指さした。山の麓には所々に白い光が見えていた。
「深い暗闇に白い光が煌々と輝いていて一層綺麗だよね。都会はネオンが多いからそれだけ光が多くてキレイに見えるけど、それとは違う。輝き方が違うんだよ。」
石家先生はジッとS山の方を見ながら話した。
数秒、または数分間経過したのか。私たちは寡黙に夜景を見ていた。いつのまにか同じ展望スペースにいた大学生カップルはいなくなり、私たちだけしかいなかった。二人きりで過ごしたこの数時間の間に距離が近づいたように感じた。夜景を見ていたら、石家先生は今までどんなデートをしていたのか、ふと聞きたくなった。
「先生は大学生の時、どんなデートをしていたんですか?」
私は手すりにもたれながら横目で石家先生を見た。
「ん?俺?」
「はい。」
「う~ん、そうだねぇ……まぁ食事したり、部屋でまったり過ごすくらいかな。たまに遊園地に行ってたくらいかな。試験勉強や臨床実習で忙しくなってからはそんな時間が取れなかったし、デートする余裕はなかったよ。それでその時付き合っていた彼女とは自然に終わったんだ。」
石家先生はまっすぐ夜景を見ながら答えた。
「そうなんですか……」
「まあね。丸ちゃんは?」
「へっ?」
「丸ちゃんはどんなデートをしていたの?」
「へっ?」
私は思わず顔を下に向けて俯いてしまった。
「わ、私は……デートだなんてしたことがなくて……恥ずかしいですよね。22歳にもなってデートなんか行ったことないなんて。どうしようもないヤツですよねぇ。」
22歳になってもまだ一度もデートなんか行っていない、彼氏なんか一度もできたことがない、付き合ったことがない。22歳の女性なら、少なからず恋愛経験があり、彼氏もいて当たり前な感じなのに、それなのに私は何にもしたことがない。そんな自分がとても恥ずかしくなった。
「いや、どうしようもないヤツなんかじゃないよ。別にデートをしたことあるとかないとかは関係ない。」
「えっ?」
私は顔を上げて石家先生の顔を見上げた。
「だって、別にデートなんてしなきゃならないものではないでしょ?」
「はぁ。」
「俺だって、そんなにデートなんか行っていないよ。大学時代に付き合っていた人はいたけど、お互い勉強や実習に忙しくてデートなんかほとんど行かなかった。別に恥ずかしいことなんかじゃないよ。」
石家先生は私の方を向いてニッコリ笑った。先生の笑顔を見て私は心が軽くなっていた感じがした。そして、恋愛経験のない私のことを「恥ずかしいことではない。」と言ってくれたことが、何だか私のことを慰めてくれている感じがしてとても嬉しかった。
(そうか……先生そう思ってくれていて嬉しい。でも先生が大学時代に付き合っていた彼女はどんな人だったんだろう……どんな付き合いをしていたんだろう……?)
石家先生の大学時代の恋人のことは気になったけど、先生のことを少し理解した気分になったことや、先生が私のことを慰めてくれたこと、素敵な笑顔を向けてくれたこと、それらがとても嬉しかった。
「あ、ありがとうございます。」
私は口角を上向きに、少し俯いた状態でお礼を言った。
「そろそろ帰りますか?」
「あぁ、そうだね。」
私たちは展望スペースのエレベーターに乗って1階まで降りた。ビルの出入り口から外へ出た途端に外の冷たい空気が身体に突き刺さった。私たちは小走りで駐車場へ行き急いで車に乗り込んだ。
数分車を走らせていて私はハンドルを握り締めてフロントガラスから見える前方車両のテールランプを見つめながら石家先生へ聞いた。
「先生、今日は楽しかったですか?少しはストレス発散できました?」
「うん、楽しかったよ。久しぶりに美味しいお酒が飲めて、素敵な夜景を堪能できたからね。おかげで良い気分転換になった。ありがとう。」
石家先生はそういってこちらにニコっと笑顔を向けた。
「こちらこそ。私も楽しかったです!」
私はニヤっと口角を上げた。
(やった!今日は見事に成功した!先生は私のこと、少しは好意を持ってくれたかな?)
私は嬉しさで顔がニヤつくのを必死にこらえた。ウキウキしながらハンドルを回した。
車はⅮ病院裏にある職員寮の前に到着した。
「今日はありがとう。お疲れ様です。」
石家先生はクシャとした笑顔でお礼を言って車のドアを開けて降りた。
「先生、ありがとうございました。おやすみなさい。」
私も微笑みながら言った。
「気を付けて帰ってね。おやすみなさい。」
石家先生はクシャっとした笑顔のまま車のドアを閉めた。私は軽く一礼して車を走らせた。フロントミラーを見ると、石家先生はまだその場に立っているのが見えた。私を見送ってくれたのだ。
(先生、優しいなぁ。もしかして私に好意を持ってくれたのかな……)
そんなことが頭に浮かび、私は更にウキウキしながらハンドルを握って帰路についた。
家に帰りついたのは23時少し手前であった。両親はとっくに寝ているため、玄関を開けると真っ暗だった。私はそぉ~っと入り、自室でコートを脱ぎカバンを置いた後、浴室で風呂の湯を温め直し、お風呂に入った。湯舟につかりながら今日の出来事を思い出してはニヤニヤしていた。
「石家先生は私に好意を持ってくれている!」
間違いなく自分と石家先生との距離は近づいたと勝手に確信した私は、嬉しさを噛みしめながら湯舟に身体を埋めて温まり、身も心もホカホカの状態でお布団に入り眠りについた。
翌朝、母親の「早く起きなさい!!」という大声で何とか目覚めたが、出発が遅れ、朝の車が渋滞する時間帯で通勤したため遅刻ギリギリ病棟へ到着し、またもや米倉主任に怒られてしまった。