「お店の中が暑かったせいか、外に出るとこの寒さが心地良い感じがするよねぇ~。」
私の右隣りから石家先生の優しい声が聞こえた。先生は夜空を見上げて手を広げており、深呼吸をしているような素振りをしていた。
「そうですよねぇ~。」
私は石家先生の方を向いてニッコリ笑顔で応えた。
「それにしても沼尻先生は酔っぱらっているせいもあってかなりダイレクトに言ってきたよねぇ~。」
「そうですよねぇ~私ビックリしちゃいましたよぉ~。」
「僕も。まぁ、あれが先生のキャラというか、らしい感じがしていいかなと。普段から思ったことをはっきり言う人だからね。」
「そうですよねぇ~。」
私はニッコリ顔で返事をした。石家先生と交わしているのは他愛のない会話だが、そんな会話を交わしているこの時間は大袈裟だがとても大切で愛おしい感じがしていた。この大切な愛おしい時間を噛みしめなければ!と思っているうちにカラオケボックスに到着した。店内には沼尻・田島両者が既に到着しており、受付を済ませていた。ここのカラオケボックスは十数年前からあったやや古めな感じの建物で、案内された部屋は赤いビロード生地のソファーと白い長方形のテーブルが置いてあり、間接照明でやや暗めだった。部屋に着いたとたんに田島先輩が内線電話でビールとウーロン茶とおつまみを注文した。
「よっしゃー!歌うぞ~!」
沼尻先生はカラオケ曲本から数曲選んでリモコンで番号を入力していた。某有名な男性演歌歌手の曲の前奏が流れ満面の笑みで歌い出した。そして立て続けに昭和時代に流行っていた歌謡曲を気持ちよさそうな顔で歌い続けた。どうやら沼尻先生は一度マイクを握り締めたら話さないタイプの人のようだ。歌謡曲が流れているせいか、室内は和風の居酒屋のような雰囲気を醸し出していた。沼尻先生が歌っている横で田島先輩が「先生サイコー!カッコイイ!」と隣でキャンキャン騒いでいた。歌が終わると田島先輩が沼尻先生の膝上に座って先生の首に自分の右腕を回し、鳥が餌をついばむような短めのキスを何度もしていたのが見えた。その光景を目の当たりにした私は身震いするのを感じた。
(うぅ……キモい……これは見なかったことにしよう‥‥‥)
時計の針は0:00を回っていた。さすがに眠気を感じた私は大きなあくびをした。
「もうこんな時間だね。丸ちゃん眠い?」
石家先生は、隣で大あくびをしている私を見て声をかけた。
「はい~。だってもう0:00過ぎてるし。明日普通に日勤なので、朝起きられるか心配です~。」
「そうだよね~。僕も明日外来とオペが入っているから大丈夫かなぁと。」
石家先生はそういうと両手を挙げて大きく伸びをした。
「先生、楽しめました?」
「ええもちろん。丸ちゃんは?」
「私も楽しかったです。こうして先生達と個人的に飲みに行ったのは初めてですから。」
「今日は一杯も飲んでないじゃん。」
「まぁ、車で来たので。」
「そうか~。僕たちだけ飲んでいて悪かったね。」
「そんなことはないですよぉ~。私、本当に楽しかったし。」
「それはよかった。」
石家先生と会話をして私の眠気はだんだん覚めていった。私は酔っぱらっていても優しくてクシャクシャな笑顔をする石家先生が増々カッコよく見えて好きになっていくのを感じた。
(今日は何て良い日だ!!)
1:30過ぎてからやっとカラオケは終了した。沼尻先生は支払いをするため一足先に部屋を出てカラオケボックスの受付へフラフラ足で向かっていった。その後を田島先輩が「まってくださいよぉ~」と同じくフラフラ足で追いかけていった。私と石家先生は一緒に部屋を出て廊下を歩いて行った。そのとき何かが私の背中を押した。
(今がチャンスだ!!)
「ねぇ先生、今度は二人で飲みに行きませんか?」
私は恥ずかしさを押し殺して右隣にいる石家先生を見上げながら言った。胸のドキドキする鼓動が全身に伝わるのを感じた。
「いいよ。ぜひ行こうよ!」
「いいんですか!?」
「いいよ、行こ行こ!」
「ありがとうございます!では来週の金曜日はどうですか?」
「金曜日?当直がはいっていなければいいよ。あとで確認しておくよ。」
「ありがとうございます!」
(やったぁ~!!)
私は石家先生に見えないように右手の拳をちょっと挙げてガッツポーズをした。とっさに「来週の金曜日」と言ってしまったが、確かその日は日勤で土曜日は休みだったような気がしたからだ。もう一度勤務を確認しておこうと思うと同時に飲みに誘えた自分はスゴイ!と改めて思った。嬉しさとワクワク感が身体全体に押し寄せていた。