私は、あの病棟旅行での石家先生からのバックハグを思い出しては一人妄想にふける日々が続いた。
そして私は1つの目標を立てた。
(石家先生と二人きりで飲みに行く!)
石家先生と二人きりで呑みに行き、一気に距離を縮める!そして、あわよくば恋愛関係に発展して、最終的には結婚!そんなことを毎日考えては一人ニヤニヤしていた。二人きりで飲みに行くのに、石家先生をどう誘うか。どのタイミングで、どのように声をかけるか?病棟にはおっかない北島軍曹や田島先輩、あの赤鬼米倉主任、前田師長、中堅看護師のおばちゃん連中がウヨウヨいる。そして蠅のようにウザい沼尻先生がいる。そんな恐ろしい悪環境で周囲にバレないで石家先生へ飲みの誘いができるのか。
(ナースステーションには常におっかない人たちがいるし……どうしよう……でも先生と飲みに行きたい!)
と、楽しく頭を悩ます日々を過ごしていた。そんなとき、とあるチャンスが来た。
それは11月に入った頃、私は日勤でもう勤務時間終了する16:00頃であった。
「ねぇ、これから薬の会社の奴らと飲みにいくんだけど、一緒に行くか?」
ナースステーション内で沼尻先生が石家先生と北島さんへ声をかけていた。
「はい、オペ記録が終わったら行きます。」
石家先生は安定のさわやかスマイルで即答していた。
「あ、先生飲みに行くの?いいねぇ~。でも私じゃなくて、若い人を誘いなよ~。ねぇ田島~、新人たち連れて一緒に行ってきなよ!」
北島さんが少し離れた場所で記録をしている田島先輩へ声をかけた。
「えっ、いいんですかぁ?」
険しい眼差しでうつむきながら記録をしていた田島先輩はその顔をスッと上げ、パァっと明るい表情を浮かべた。
「いいよいいよ~行ってきなよ~。あっ、でも彼氏は大丈夫?」
「あぁ、タケシなら大丈夫っスよ~。ありがとうございます!ねぇ先生~どこに連れて行ってくれるんですかぁ~?」
田島はすごく嬉しそうな笑顔で沼尻先生のところに勢いよくすり寄っていった。そのやり取りをナースステーションの奥にある薬品棚の隣で記録をしていた私は、羨ましそうに聞き耳を立てていた。
(いいなぁ~先生たちと一緒に飲みに行けて~。)
「ねぇ丸田さぁ~ん、この後ヒマ~?」
突然田島先輩が私に向かって甘ったるい声をかけてきた。
「あ、はい……」
「だったら先生たちと一緒に呑みに行こうよ!沼尻先生がおごってくれるってよ!」
「あ、はい……」
「じゃあ、着替えて職員玄関前で待ち合わせね!」
「あ、はい……」
私は突然の誘いに驚きつつも、心はめっちゃウキウキしていた。
その日松田は準夜勤務、広瀬は公休で不在だったので新人で日勤は私だけだった。勤務を日勤にしてくれた前田師長に今日だけは心から感謝をした。田島先輩と一緒というのがちょっと怖いけど、でもあの石家先生と一緒にアフターファイブを過ごせるのが嬉しくてたまらなかった。
(やったぁ!石家先生と一緒に呑みに行けるなんて!北島様ぁ~田島様ぁ~!こんな私に幸運を与えてくれてありがと~!)
石家先生と一緒にいられることが嬉しいあまり、言い出しっぺの沼尻先生の存在が薄れていた。
私はウキウキした心を抑えつつ、早く看護記録を終わらせるべくいつもより集中して記録を書いた。ボールペンを持つ右手は軽やかに記録用紙の上を走らせていた。
勤務終了して軽やかな足取りで更衣室へ向かい、いつもより素早く着替えを終えて早歩きで職員用玄関へ向かった。その日の私服は黒色で足首付近まで長いロングニットワンピースと、黒のダウンジャケットを羽織っていた。足元には黒の編み上げブーツを履いており、黒ずくめで完璧とはいかないまでも、自分なりに少しオシャレな装いをしていた。
職員玄関に来ると、既に田島先輩がオレンジ色のパーカーとストレートのブルーデニム、赤白のスニーカーといった超ラフな私服姿で立っていた。
「丸田さん遅いよ~。」
「お待たせしてすみません!」
「ウソだよ~。あたしもさっき着いたところ。じゃあ行こうか!」
「はい!」
「ねぇ、丸田さんの車に乗せてよ。」
「えっ?あ、はい。では車を取りに行ってきます。」
私は小走りで職員専用駐車場へ向かい、急いで車を職員玄関前まで走らせた。
「ねぇ丸田さん、噂では聞いていたけどやっぱ外車に乗っているんだね!しかも四駆だし、すごいじゃん!」
助手席に乗り込んだ田島は車内をキョロキョロ見回しながら少し感激した口調で言ってきた。
「はぁ……」
(誰だよ噂流していた奴は!)
「高かったでしょう?」
「はぁ、まぁ……。」
「ねぇねぇ、丸田さんの家って金持ち?」
「えっ?」
「この車買えるんだもん。金持ちだよねぇ~。」
「そんなことないですよ……」
「何言ってんだよ。金持ちじゃないとこの車買えないよ~。」
「いやマジでうちは金持ちじゃないっすよ。」
「え~?そうなの?皆噂しているよ~。」
「そんなぁ……」
(金持ちだなんて、率先してそんなことを言いふらしている奴は誰なんだよ!なんか感じ悪いわぁ。)
当時の私は、黒色の四駆のアメ車を購入して通勤や外出時に乗っていた。それを職場の誰かが目撃してそこから『金持ち』の噂が職場内で広がったのだろう。確かに巷ではそんなに見かけない四駆のアメ車を乗り回しているから当然目立つので噂が立つのは仕方ないかとは思うけど、自分の知らないところでそんな噂が回っていると思うと、何だか不愉快な感じがしてきた。私はハンドルを握りしめ前方を走る車のテールランプを睨みつけながら数秒間口を噤んだ。
ダンマリした車内の空気を察知した田島先輩が会話を切り出した。
「ねぇ、この間の病棟旅行は楽しかった?」
「えっ、あ、はい。楽しかったです。」
「主任と沼尻先生は宴会でかなり酔っぱらっていたんじゃない?」
「まぁ、そうですね。朝行きのバスの中から夜の宴会まで相当飲んでましたからね。」
「やっぱりね~。なんかあの二人凄そうじゃない?恐いしー。」
「そうですね~。凄かったですよ~。」
(特にあの王様ゲームでの超ゲスいディープキッスがな。)
私は適当に返事を返しつつ、あの二次会での地獄絵図を思い出してゲフッと気持ち悪くなった。
「石家先生も旅行に来ていたんでしょ?」
「あ、はい……」
「ねぇ、先生は酔っぱらっていた?」
「えぇ、結構酔っていましたよ。」
「ふぅ~ん。で、先生はすごく酔っぱらうとどんな感じになるの?」
「どんな感じって……沼尻先生よりはマシでしたねぇ~。そんなに暴れていなかったですよ。顔真っ赤になってケラケラ笑っていましたけど。」
「ふぅ~ん。そうかぁ……そんなに乱れなかったんだ~。」
田島先輩は少し詰まんなさそうに返事をした。
(お前は先生の何を期待してんだか……)
そんな他愛のない会話を交わしているうちに、飲み会の場所である居酒屋に到着した。車を駐車場に停めて居酒屋に入ると奥にある座敷席に案内された。もう既に沼尻先生と石家先生が隣同士で座って待っていた。
そして私は1つの目標を立てた。
(石家先生と二人きりで飲みに行く!)
石家先生と二人きりで呑みに行き、一気に距離を縮める!そして、あわよくば恋愛関係に発展して、最終的には結婚!そんなことを毎日考えては一人ニヤニヤしていた。二人きりで飲みに行くのに、石家先生をどう誘うか。どのタイミングで、どのように声をかけるか?病棟にはおっかない北島軍曹や田島先輩、あの赤鬼米倉主任、前田師長、中堅看護師のおばちゃん連中がウヨウヨいる。そして蠅のようにウザい沼尻先生がいる。そんな恐ろしい悪環境で周囲にバレないで石家先生へ飲みの誘いができるのか。
(ナースステーションには常におっかない人たちがいるし……どうしよう……でも先生と飲みに行きたい!)
と、楽しく頭を悩ます日々を過ごしていた。そんなとき、とあるチャンスが来た。
それは11月に入った頃、私は日勤でもう勤務時間終了する16:00頃であった。
「ねぇ、これから薬の会社の奴らと飲みにいくんだけど、一緒に行くか?」
ナースステーション内で沼尻先生が石家先生と北島さんへ声をかけていた。
「はい、オペ記録が終わったら行きます。」
石家先生は安定のさわやかスマイルで即答していた。
「あ、先生飲みに行くの?いいねぇ~。でも私じゃなくて、若い人を誘いなよ~。ねぇ田島~、新人たち連れて一緒に行ってきなよ!」
北島さんが少し離れた場所で記録をしている田島先輩へ声をかけた。
「えっ、いいんですかぁ?」
険しい眼差しでうつむきながら記録をしていた田島先輩はその顔をスッと上げ、パァっと明るい表情を浮かべた。
「いいよいいよ~行ってきなよ~。あっ、でも彼氏は大丈夫?」
「あぁ、タケシなら大丈夫っスよ~。ありがとうございます!ねぇ先生~どこに連れて行ってくれるんですかぁ~?」
田島はすごく嬉しそうな笑顔で沼尻先生のところに勢いよくすり寄っていった。そのやり取りをナースステーションの奥にある薬品棚の隣で記録をしていた私は、羨ましそうに聞き耳を立てていた。
(いいなぁ~先生たちと一緒に飲みに行けて~。)
「ねぇ丸田さぁ~ん、この後ヒマ~?」
突然田島先輩が私に向かって甘ったるい声をかけてきた。
「あ、はい……」
「だったら先生たちと一緒に呑みに行こうよ!沼尻先生がおごってくれるってよ!」
「あ、はい……」
「じゃあ、着替えて職員玄関前で待ち合わせね!」
「あ、はい……」
私は突然の誘いに驚きつつも、心はめっちゃウキウキしていた。
その日松田は準夜勤務、広瀬は公休で不在だったので新人で日勤は私だけだった。勤務を日勤にしてくれた前田師長に今日だけは心から感謝をした。田島先輩と一緒というのがちょっと怖いけど、でもあの石家先生と一緒にアフターファイブを過ごせるのが嬉しくてたまらなかった。
(やったぁ!石家先生と一緒に呑みに行けるなんて!北島様ぁ~田島様ぁ~!こんな私に幸運を与えてくれてありがと~!)
石家先生と一緒にいられることが嬉しいあまり、言い出しっぺの沼尻先生の存在が薄れていた。
私はウキウキした心を抑えつつ、早く看護記録を終わらせるべくいつもより集中して記録を書いた。ボールペンを持つ右手は軽やかに記録用紙の上を走らせていた。
勤務終了して軽やかな足取りで更衣室へ向かい、いつもより素早く着替えを終えて早歩きで職員用玄関へ向かった。その日の私服は黒色で足首付近まで長いロングニットワンピースと、黒のダウンジャケットを羽織っていた。足元には黒の編み上げブーツを履いており、黒ずくめで完璧とはいかないまでも、自分なりに少しオシャレな装いをしていた。
職員玄関に来ると、既に田島先輩がオレンジ色のパーカーとストレートのブルーデニム、赤白のスニーカーといった超ラフな私服姿で立っていた。
「丸田さん遅いよ~。」
「お待たせしてすみません!」
「ウソだよ~。あたしもさっき着いたところ。じゃあ行こうか!」
「はい!」
「ねぇ、丸田さんの車に乗せてよ。」
「えっ?あ、はい。では車を取りに行ってきます。」
私は小走りで職員専用駐車場へ向かい、急いで車を職員玄関前まで走らせた。
「ねぇ丸田さん、噂では聞いていたけどやっぱ外車に乗っているんだね!しかも四駆だし、すごいじゃん!」
助手席に乗り込んだ田島は車内をキョロキョロ見回しながら少し感激した口調で言ってきた。
「はぁ……」
(誰だよ噂流していた奴は!)
「高かったでしょう?」
「はぁ、まぁ……。」
「ねぇねぇ、丸田さんの家って金持ち?」
「えっ?」
「この車買えるんだもん。金持ちだよねぇ~。」
「そんなことないですよ……」
「何言ってんだよ。金持ちじゃないとこの車買えないよ~。」
「いやマジでうちは金持ちじゃないっすよ。」
「え~?そうなの?皆噂しているよ~。」
「そんなぁ……」
(金持ちだなんて、率先してそんなことを言いふらしている奴は誰なんだよ!なんか感じ悪いわぁ。)
当時の私は、黒色の四駆のアメ車を購入して通勤や外出時に乗っていた。それを職場の誰かが目撃してそこから『金持ち』の噂が職場内で広がったのだろう。確かに巷ではそんなに見かけない四駆のアメ車を乗り回しているから当然目立つので噂が立つのは仕方ないかとは思うけど、自分の知らないところでそんな噂が回っていると思うと、何だか不愉快な感じがしてきた。私はハンドルを握りしめ前方を走る車のテールランプを睨みつけながら数秒間口を噤んだ。
ダンマリした車内の空気を察知した田島先輩が会話を切り出した。
「ねぇ、この間の病棟旅行は楽しかった?」
「えっ、あ、はい。楽しかったです。」
「主任と沼尻先生は宴会でかなり酔っぱらっていたんじゃない?」
「まぁ、そうですね。朝行きのバスの中から夜の宴会まで相当飲んでましたからね。」
「やっぱりね~。なんかあの二人凄そうじゃない?恐いしー。」
「そうですね~。凄かったですよ~。」
(特にあの王様ゲームでの超ゲスいディープキッスがな。)
私は適当に返事を返しつつ、あの二次会での地獄絵図を思い出してゲフッと気持ち悪くなった。
「石家先生も旅行に来ていたんでしょ?」
「あ、はい……」
「ねぇ、先生は酔っぱらっていた?」
「えぇ、結構酔っていましたよ。」
「ふぅ~ん。で、先生はすごく酔っぱらうとどんな感じになるの?」
「どんな感じって……沼尻先生よりはマシでしたねぇ~。そんなに暴れていなかったですよ。顔真っ赤になってケラケラ笑っていましたけど。」
「ふぅ~ん。そうかぁ……そんなに乱れなかったんだ~。」
田島先輩は少し詰まんなさそうに返事をした。
(お前は先生の何を期待してんだか……)
そんな他愛のない会話を交わしているうちに、飲み会の場所である居酒屋に到着した。車を駐車場に停めて居酒屋に入ると奥にある座敷席に案内された。もう既に沼尻先生と石家先生が隣同士で座って待っていた。