私は一息呼吸を整え、椅子の横に置いたショルダーバックからチョコレートパイの

入った包みを取り出して譲二君の前に差し出した。差し出した両手は小刻みに震え

ていた。

そのとき、店内の音楽が「子犬のワルツ」からバダジェフスカの「乙女の祈り」に

変わった。

「あ、あの……これ作ってきたの。ば、バレンタインのチョコ。口に合うかどう

か。」

「ああ……ありがとう。」

譲二君ははにかみながら笑顔で受け取ってくれた。受け取ってくれた瞬間、私は心

の中でガッツポーズをした。

(やった!受け取ってくれた!この瞬間のために費やした時間が無駄にならなくて

良かった!)

「は、春田君は甘いものは好き?」

私は、引きつった笑顔で譲二君に質問をしてみた。もしかしてチョコレートが嫌い

だったりして。

「いや……あんまり食べないかな。」

譲二君は微笑みながら答えた。

(えっ?もしかしてチョコレートは嫌いなのかな?)

「も、もしかして、チョコは嫌い?」

私は恐る恐る聞いてみた。

「いや、嫌いではないけど……あんまり食べないな。」

譲二君は微笑みながら答えた。チョコレートは嫌いではないけど、あんまり食べな

いのか。

「これ、手作りのチョコパイなの。大丈夫かなあ……。」

あんまり食べないチョコレートを、しかも手作りチョコレートパイを譲二君は食べ

ないのかな。あまり好みではないものを渡すのはどうかなのかなと、私は少々不安

になった。

「ああ……まあ……大丈夫だよ。」

譲二君は引き続き微笑んだ顔で答えてくれた。「大丈夫だよ。」と言ってくれたお

かげで私の心は少し和らいだのを感じた。

「あ、ありがとう。」

私は震えた唇のまま引きつった笑顔で言った。女性店員が「お待たせしました。」

と言ってコーラと紅茶を運んでそれぞれをテーブルに置いて行った。「ごゆっく

り」

私は両手でカップを包み込むように持ち、紅茶をフーフーと冷ましながらちょぼち

ょぼと少しずつ啜った。暖かい紅茶が口元から喉を通って身体に入っていくのを感

じた。身体の中が徐々に暖かくなってきたのもあり、少しずつリラックスしてきた

感じがした。譲二君もストローの袋を空けてコーラの入ったグラスに入れて一口飲

んでいた。譲二君から話しかける気配はない。二人の間に数秒の沈黙が流れた。