それ以降も私は、毎朝譲二君と一緒の車両に乗り込み登校することに情熱をかけて
いた。
「絶対譲二君と隣り合わせになるんだ!ギョロや出っ歯なんかに負けてたまる
か!」
試合を挑む意気込みで毎朝車両に乗り込んだ。そして周りの乗客と一緒に乗り込む
勢いにまかせてさりげなく譲二君の左右隣、時には後方に近づいたり、ラッキーな
ときは向かい合わせになった。隣の座をギョロや出っ歯に取られ、勝ち誇った表情
をこちらに向けてきたときは悔しくてたまらなかった。そんなときは、高校まで道
のりである商店街を歩きながらブスくれた顔でずっと暴言を吐いて憂さ晴らしをし
ていた。
「クッソー!あのブスどもめ!!プリンスに近づきやがって!!」
私の超くだらない愚痴と暴言を隣で聞いてくれていた佳子と清子に気の毒な想いを
させたと後になって反省した。
こんな電車でのやり取りを毎朝私は胸をときめかせながら繰り返していた。繰り返
し隣り合わせになることで、彼に私の想いが伝わる!そんな浅はかなことを真面目
に信じ込んでいた。
夏の暑さが徐々にきている6月初旬の頃、比呂ちゃんのお友達経由でとある情報を
入手した。譲二君の通う高校の文化祭が開催されるのだ!
譲二君の文化祭にぜひぜひ行ってみたい!譲二君がどんな高校に通っているかを見
てみたい!でも一番は譲二君に会いたい!!私は早速佳子と清子を誘って文化祭に
行くことに決めた。
6月後半の梅雨時期、文化祭当日は曇り空で湿気が強く、蒸し暑かった。私は、当
日用に親に買ってもらった赤やオレンジの鮮やかな花模様の刺繍が入った白い半袖
シャツに、黒の膝上丈のミニスカート、白いスニーカーという謎のコーディネート
で装い、髪型は暑苦しさを覚悟でロングヘアを下ろして、両サイドに小さな三つ編
みを結わえて後ろに一つに束ねてハーフアップにしていき、赤と緑の縞模様のリボ
ンで結んだ。手先が不器用なので、髪結いは精々一つに束ねるか、後ろに1本の三つ
編みしかまともにできないのに、普段の髪型ではマズい。可愛らしさと女性らしさ
といった素敵な印象を彼に見せつけるためにも、ここはロングヘアを下ろしてサイ
ドを三つ編みでハーフアップにした方が良いと考えた。そして編み込みが出来ない
ので、両サイドに三つ編みを結ってみたがなかなか上手く結えず、鏡の前で眉間に
皺を寄せながら自分の髪と格闘し、6回もやり直してやっと上手く結えた。そして
洗面所の鏡に思いっきり顔を近づけて、鼻毛や鼻くそがはみ出していないか、目の
周りに目脂がへばり付いていないかを入念に確認してから「よしっ!」と気合を入
れて玄関を出た。外に出るとロングヘアを無理やり下ろしたので蒸し暑く、首の後
ろが髪の毛で暑苦しかったがそれでも可愛らしく装うために我慢をした。こう見る
とオシャレなのかどうか謎であるが、当時の私にとって、花の刺繍入りシャツが女
らしさを強調するアイテムと思い込み、自分なりに精一杯のオシャレをしたつもり
だった。
K駅前で佳子、清子と待ち合わせをしてT駅行きの電車に乗り込み、T駅からバスに
乗って譲二君の高校へ向かった。行きのバスの中で、私はかなり緊張して胸がドキ
ドキと高鳴り、口数が少なくなっていた。でもその反面、譲二君に会えるといった
嬉しい気持ちも強くあった。
譲二君の高校は、小高い丘の上にあるので、校門まで長い坂道があった。蒸し暑い
この時期、坂道を昇るのはかなりの苦痛を強いられるのだが、その時の私は、プリ
ンス譲二君にもうすぐ会えるという緊張と嬉しさの方が遥かに勝っていたので、さ
ほど苦痛に感じなかった。額や首回りはかなり汗ばんでいたが。
校舎に入ると、喫茶店やお化け屋敷等、様々な催し物のポスターや、折り紙やカ
ラーテープ、風船等で作ったカラフルな装飾が廊下中に貼られていて華やかさを演
出しており、学生や外部から来た人達がいてとても賑わっていた。比呂ちゃんのお
友達情報によると譲二君のクラスは校舎3階にあり、縁日を催しているとのことだっ
た。私たちは3階に行き、譲二君たちのクラスの教室を探し出した。教室前の廊下の
壁には模造紙に「3年A組、縁日」と黒い極太マジックペンで大きく書いてあって、
字の回りを折り紙でカラフルに装飾した張り紙がドンと貼ってあった。教室内に入
るとヨーヨー釣りとスーパーボールすくいが行われており、ヨーヨーやスーパーボ
ールがとてもカラフルで室内に華やかさを添えていた。3~4人の学生や外部から
来たカップル1組くらいが来て、キャッキャと騒ぎながらスーパーボールすくいをし
ていた。クラスの女子生徒たちは皆、花柄の浴衣姿で接客をしたり、お喋りをして
いた。私はそんな賑やかな教室の中をキョロキョロと見渡して譲二君を探した。譲
二君を見つけた時、私は思わずドキッとした。
「あっ……!」
譲二君は白い無地Tシャツにブルーデニムといった超爽やかな装いでいた。スラリと
したスタイルと爽やかなイケメンスマイルに、この装いはとても似合っていた。学
ラン姿もイカしているけど、白Tデニムの装いは一層イケメンさを際立たせていた。
他の男子生徒たちも同じようにTシャツとブルーデニム姿だったが、爽やかさは譲二
君の足元にも及ばない。1号君も同じような格好だが、譲二君とは格段に違う。
(めっちゃかっこいい……。)
私は思わず心の中で呟いた。
「いつも学ラン姿しか見ていないけど、私服姿はイメージ違うよね。」
佳子がへえーと言わんばかりに言ってきた。
「やっぱりプリンスはイケメンだねえ。ジーンズ似合っているよね。爽やかだわあ
~。」
続けて清子も納得の一言を言ってきた。
この爽やかイケメン姿の譲二君を写真に収めたい!私はこの日のために、1週間前に
写真店で「写ルンです」を購入していた。この「写ルンです」で爽やか譲二君を撮
るにはどうすればよいだろうか?譲二君の周囲には、1号君とクラスメートである浴
衣姿の女子たちが数名いて楽しく談笑している。そんな中で写真が撮れるだろう
か……。
「ちょっと、どうするどうする?プリンスに話しかけるの?なんだか女子たちに囲
まれちゃっているねえ。やっぱりプリンスはカッコいいからモテモテなんじゃない
の?」
佳子が言ってきた。
「どうしよう……できればプリンスの写真が撮れればいいんだけど……難しそう。
あんなに女子たちに囲まれていて……やっぱモテるんだね。」
写真は半ば諦めたほうがいいのかな……。本当はツーショットを撮りたいが、それ
も夢のまた夢なのか……。でもここまで来たら諦めたくない!だって、せっかくお
小遣いで「写ルンです」を購入したんだし、何とかして写真に収めたい!
「とにかく近くまで行ってみるか。」
私は、とにかく譲二君の近くに行ってみようと思い、恐る恐る譲二君のいるヨーヨ
ー釣りのところへ近づいてみた。その途中でなんと譲二君と目が合ってしまった!
(あっ!)
私は胸の中がドキンと鳴ったのを感じた。
譲二君は私たちを見て「あっ」と言わんばかりの顔をしていた。毎朝同じ車両に乗
っている面々だと気づいたのだろう。目が合ったとき、私は思わず「どうも」と、
か細い声で譲二君に挨拶をした。
「ああ、どうも。」
譲二君も笑顔で挨拶を交わしてきた。この瞬間、私の中の何かが動いた。今話かけ
るチャンスだ!私はめちゃめちゃ頬の筋肉を挙げたニヤニヤ顔で話しかけた。
「あのー……いつも朝一緒の電車に乗っている者ですう……。」
「ああ……そうだね。」
譲二君は少し驚きつつも爽やかな笑顔で言葉少なく返事をしてくれた。
(やった!私のことは覚えてくれていたんだ!!やったあ!やったあ!)
とにかく譲二君に自分の存在を知ってくれていたことが嬉しかった。毎朝の努力が
報われた瞬間だ。嬉しさから、私の緊張は更に高まると同時に、パアッと心が明る
くなるのを感じた。私は更に話しかけた。
「覚えていてくれたんだあ……。よかった!今日文化祭があると聞いたんで、来ち
ゃった。」
話ながら私の体温は高くなり、頬が火照るのを感じた。
「ああ……そうなんだ……。」
譲二君は変わらず爽やかな笑顔とは対照的にボソっとした口調で応えてくれた。そ
のとき1号君が譲二君の隣にきてニヤニヤしながら肘で譲二君をグイグイと押してい
た。譲二君は笑いながら「何だよおー」と言わんばかりに肘で一号君を押し返して
いた。
「丸ちゃん、丁度良い機会だからツーショット撮ってもらっちゃいなよ!」
佳子がパッとひらめいたようにいきなり言ってきた。
「えっ!?何々!?」
佳子からのいきなりの発言にドキッと胸を突かれたような感じがした。
「そうだよそうだよ!ツーショット撮ってもらいなよー丸ちゃん!」
清子もイケイケと背中を押すように更に言ってきた。二人ともなんて気が利くこと
をしてくれたのか!!胸の鼓動が更にドキドキと高鳴るのを感じた。恐る恐る譲二
君の方を見ると、譲二君も少し照れたような表情をしていた。隣で1号君が最高にニ
ヤニヤした顔つきをしながら肘で彼の背中を押していた。
「あのお……一緒に写真を撮ってもいいですか?」
私は緊張してドキドキと胸の高鳴りを感じながらも勇気を振り絞って譲二君に聞い
てみた。
「ああ……いいよ……。」
譲二君は照れた笑顔でボソッと応えた。
「ねえ、写真撮ってくれる?」
私は真っ赤に火照った顔で俯きながら佳子に「写ルンです」を渡した。
「いいよお~。さ、早く並んで!」
佳子は、張り切った声で私を譲二君の隣に並ばせた。
私は、最高潮に赤く火照った顔で俯きながら、恥ずかしさも最高潮な状態で一歩一
歩譲二君の隣に向かった。譲二君にどんどん近づくにつれて胸の鼓動がハッキリと
耳まで響いているのを感じた。目の前に譲二君がいても恥ずかしさが勝って俯いた
顔を上げられず、譲二君の表情が見られなかった。一歩……一歩……一歩……一
歩……一歩……譲二君の隣に到着!
私はくるりと振り向いて、思いっきり口角を上げて飛び切りの笑顔をしてみせた。
「丸ちゃん、もっと寄って寄って!」
佳子が「写ルンです」を構えながら楽しそうな声で言ってきた。佳子の隣で清子も
一緒に「そうだよ!もっと寄って!」と楽しそうに手を横に振って近寄るように示
した。確かに私は若干遠慮して譲二君との間に人一人分くらいの間隔を空けてい
た。私は火照り顔を俯きながら横に一歩譲二君に近づいた。もう恥ずかしくて譲二
君の顔が見られない。でも確実にツーショットを撮るには今しかない!私はドキド
キ高鳴る鼓動を抑えつつ、勇気を出して(大げさな言い方!)顔を上げた。そして
口角を更にキュッと上げて自分なりの飛び切りの笑顔を作って見せた。
「はいっ、チーズ!」パシャ!
(譲二君とツーショット写真が撮れた!!やったあ!!今日の目的達成!!)
「ありがとう……」
私ははにかみながら譲二君にお礼を言った。
「ああ……どうも。」
譲二君はまたボーっとした感じの声で返事をした。1号君はちょっと離れたところで
ニヤニヤとした顔でこの光景を見ていた。
「ありがとう!!ツーショットが撮れた!ありがとう!!」
譲二君たちのいる教室から出てから、私は佳子と清子へ思いっきりお礼を言った。
「よかったねえ~丸ちゃん!プリンスの隣にいて可愛かったよ!」
佳子がニコニコしながら言った。
「丸ちゃん、凄い笑顔だったよ!やっぱりプリンスの隣にいるから、凄くニコニコ
していたよね。」
続いて清子も半ば興奮気味に言ってきた。
「プリンスはどんな顔をしていたかなあ。」
私は佳子と清子に聞いてみた。ツーショットを撮ってもらっているとき、隣にいる
譲二君はどんな表情をしていたか確かめてみたかった。もし私の見ていないところ
で譲二君が嫌そうな顔をしていたらどうしよう……。
「プリンスもまんざらではない顔をしていたよ。」
佳子が大丈夫だよと言わんばかりに答えた。
「そうなの?!まんざらでないなんて、よかったあ~。」
譲二君は嫌な顔をしていなかったことで、私はホッとして心が軽くなった。それに
譲二君もまんざらではなかったなんて……。
これはひょっとして譲二君もちょっと嬉しかったのかなあ……。もしかしてこの片
思いは成就するのか!今まで朝の努力が報われるのか!佳子の言葉を思い浮かべな
がら私の気持ちはいつもより晴れやかになった。私は自分の片想いに自信がついて
いた。今までの朝の努力は決して無駄ではない!私はそう確信した。帰り道は朝と
は比べ物にならないくらい程に足取りは軽かった。バスや電車の中では、文化祭で
の譲二君の装いやツーショット写真を撮ったときの様子について振り返り、三人で
ワイワイ盛り上がっていた。たかが憧れの彼とツーショット写真を撮っただけなの
に、私は幸せ絶好調な感じに浸っていた。
翌日、私はK駅の近くにある写真店に行き、ウキウキしながら写ルンですを現像に出
した。
「1週間後に現像できるからね。」
「はい!お願いします!」
(1週間後ね!早く1週間後にならないかなー!どんなツーショットが撮れている
か、どんな笑顔をしているのか、カッコいい譲二君を写真で拝める!楽しみ楽し
み!)
ウキウキした気持ちを抑えながら私は写真店を後にした。
遂に1週間後が来た! 私は自転車のペダルを勢いよく漕ぎながらK駅前の写真店に
向かった。店主から現像した写真をニコニコ顔で受け取り、勢いよく自転車のペダ
ルを漕いで自宅へ戻った。2階にある自分の部屋まで階段を勢いよくかけ上り、入っ
てすぐに現像した写真を袋から全部取り出した。
現像した写真の中には、佳子と清子と一緒に撮ったものがほとんどだ。そして問題
のツーショット写真はどうなっているか……。
「あった!!これ、めっちゃ良く撮れている!!」
嬉しさのあまり、私は思わず声を出して喜んだ。譲二君と私のツーショット写真の
出来は我ながら最高だった。譲二君は正面を向いて想像通りとても素晴らしく爽や
かな微笑みを浮かべていた。私は……譲二君側に少し傾くような姿勢で飛び切りの
笑顔で写っていた。思いっきり口角を上げた甲斐があった。
私は背が低い上に顔が結構大きく、写真映りが悪いので写真を撮るのはあまり好き
ではない方だが、今回のツーショットは思わず自画自賛する程の最高の映りだっ
た。
次の日、佳子と清子に撮った写真たちを見せた。ツーショット写真を見て佳子と清
子がそろって呟いた。
「うわぁー……丸ちゃん、これ思いっきり営業用スマイルじゃん。」
高校3年生のときの同級生比呂ちゃんは、とても霊感が強かった。彼女は物静かで、
ピッチリ真ん中分けの腰まである真っ黒な直毛ロングヘアを一つに縛り、色白で私
と同じ身長だが体型はほっそりとしていて、能面のような顔立ちからまるで巫女さ
んのような感じだった。彼女と一緒にコックリさんをすると、握っていたシャープ
ペンシル(本来は10円玉だが、私たちはシャープペンシルを使用していた。)がス
ルスルと動き始めるので毎回ゾッとしていた。そんなミステリアスな比呂ちゃんだ
が、私はクラスの中では結構親しく接していた。
比呂ちゃんに譲二君(プリンス)のことを話したら、
「そのプリンスとかいう人と同じ高校にあたしの友達が通っているから知っている
と思う。今度聞いてみるよ。」
と、譲二君の情報収集を快諾してくれた。ちなみに譲二君の高校の文化祭に一緒に
行こうと誘ったのだが、
「あの高校は地縛霊が凄いから遠慮しとく。」
と、あっさり断られた。そういえば、文化祭のときに佳子達と一緒に撮った写真の
中で、1枚私の右足だけが不自然に写っていなかったものがあった。
比呂ちゃんは霊感を利用してちょっとしたタロット占いができた。譲二君に片想い
をしてから、雑誌に掲載されている星座占いなどの恋愛占いを見るのにハマってい
た私は、文化祭が終わった7月のとある日、比呂ちゃんに恋愛運について占っても
らいたくて放課後頼んでみた。もちろん譲二君への恋が成就するかどうかと、譲二
君と二人きりで会ってお話しようと考えていたので上手くいくかどうかを占ってほ
しかったのだ。
「比呂ちゃん、私、プリンスに会って話しかけてみようと思っているの。上手くい
くかなあ?」
比呂ちゃんは徐にタロットカードを机の上に出して両手で時計回りに混ぜ合わせ
た。そしてカードを一つにまとめてその中から2枚を引いて並べた。
引いたカードの1枚目には「world」(多分そうだと思う。)と表記されていたのが
わかったが、2枚目はなんて書いてあるか分からなかった。比呂ちゃんはカードと私
の顔を何度も交互に見ながらゆっくりと話し始めた。