「リリア様、本日ですが――ヨハネス陛下御多忙のため、ご自分の寝室でお休みになるとのことです」

 昼下がり、この一年間ほとんど毎日のように聞いた言葉が、ルネの口から発せられる。
 最初は申し訳なさそうに眉を下げていたわたし専属の侍女も、ここ数か月は困り顔で首をかしげるだけだ。

「そう、わかったわ。予定を教えてくれてありがとう、リリア」
「今日は早めにご予定がわかってよかったですね!」
「そうね。ジグムント様に感謝しないと……今度、王立図書館の禁帯出を持ち出しできるよう、手はずを整えてあげて」

 ヴァイルデン帝国王城、王妃の間。
 本来であれば、朝からたくさんの侍女や貴族の子女たちが訪れるであろうこの部屋は、今日もわたしとルネの二人しかいない。

『黒血皇帝』と恐れられるヨハネス陛下の元へ嫁いできて一年。
 わたしは結婚式のその日から、陛下に放置し続けられていた。

 放置といっても、不必要に冷遇されているとか、陛下が愛人を囲っているとかそういうことじゃない。

 理由は、政務の多忙。
 ひたすら仕事が忙しいという理由で、ヨハネス様とはほとんど会話も交わしたことがない。
 一応年始の行事には皇妃としてともに出席したけれど、主要なもの以外は公務もほとんど回ってこなかった。

「ねぇ、ルネ。もしかしてヨハネス様……またどこかに遠征に行こうとしてる?」
「いえ、ご帰還されたばかりなのでしばらく予定はないかと。マルダシアン伯爵からも、特にそういったお話は聞いておりません」
「そう……なんだか最近、お城にいる日がどんどん長くなっていってない? 気のせいかな……」

 この一年のヨハネス様は、とにかく遠征。遠征遠征遠征、内乱鎮圧してまた遠征。
 どれだけ遠征好きなんだと最初は驚いたものの、さらに驚くべきことに戦果は全戦全勝だ。
 負けは下手すれば彼の死を意味しているので、無事に帰ってきてくれるのは本当に嬉しいけど――ちょっと、戦いすぎじゃないか。

「きっと、そろそろなのだと思いますよ」
「そろそろ?」
「先代皇帝陛下が失った、元来よりの我が国の領土――その際勝手に独立を宣言した周辺国の併合が、そろそろ完了するのだと思います」

 嫁いできてからの一年、わたしも一応この国の歴史や文化をもう一度学びなおした。