「た、多分?」
「以前、王族の方が馬車の窓を開けた瞬間に狙撃されてしまったことがあって――それできっと、リリア様も窓を開けないようにって注意があったんだと思います」
「……お城に着く、ほんのちょっと前に開けようかな」

 笑顔で狙撃事件のことを語り出すルネが怖すぎる。

 彼女は大概のことにニコニコと笑って対応してくれるが、こういう時に見せる肝の座り方はわたしにとって未知だった。

 そうして馬車がお城に着くと、わたしは用意された部屋に通される。
 結婚式はこれから三日後――その間に、ヨハネス陛下との顔合わせや式の打ち合わせなどをすることになっている。

「えぇと……困りました。マルダシアン伯爵に陛下のご予定をお聞きしたら、まだ執務が終わっていないとのことで……」

 到着するなりわたしの荷物を部屋に運び込む指揮を執っていたルネが、眉尻を下げて心底困り果てた表情を浮かべる。

「マルダシアン伯爵?」
「ジグムント・マルダシアン伯爵――ヨハネス陛下の右腕で、陛下のスケジュールを管理されている方です。とてもお仕事ができる方なのですが……ちょっと気難しくて」

 帝国の武をヨハネス陛下が担うなら、文をマルダシアン伯爵が担う――そう呼ばれているほど、とても有能な人物らしい。

 そんな彼から、陛下の執務が終わらずに顔合わせができないという連絡があったのだという。

「そ、そう……お会いできるのを楽しみにしていたんだけど、執務が終わってないなら仕方がないわね」
「申し訳ございません……陛下は先日遠征から戻られたばかりで、事後処理が残っているようでして」

 確かに、嫁ぐ二週間前にようやく遠征から帰ってきたんだっけ。
 それなら事後処理が終わっていなくても仕方がない。
 ここで駄々をこねても仕方がないのだし、とりあえず式の打ち合わせだけは侍従の方々と簡単にさせてもらうことになった。

「リリア様には、誓いの言葉を述べていただくだけですので――大まかに式の流れを理解していただければ、それでよろしいかと」
「そうですか……わかりました。誓いの文言だけは、しっかり覚えていきますね」

 とにもかくにも、婚姻の儀で大切なのはそこだけらしい。
 国教である八賢聖教会の大司教様がいらっしゃって、その前で誓いの言葉を述べる。
 わたしに課せられた仕事はそれだけだ。

 一応ヨハネス陛下は、その前にも国主としてやることがいくつかあるらしい。
 ただ、わたしは基本的に側で立っているだけ――複雑なことはこれといってなにもない。

 なんというか……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ拍子抜けだ。
 もっと複雑難解な儀式でがんじがらめとか、来て早々恐ろしい目に遭うとか、剣を向けられるとか、そういうことを想像していたのに。

「まぁ……今日まで皇帝陛下に会えていないっていうのが一番びっくりなんだけど……」