「リリアっ! あぁ――可哀想なリリア……」
「ア、アリエスお姉様! お体に障ります。どうか落ち着いて……」
「だって、だって……私のせいだもの! 私の体がもっと丈夫だったら、可愛いあなたをヨハネスの元になんて嫁がせたりしなかったわ!」

 王妃様譲りの赤毛を背に下ろし、涙を流している寝間着姿の女性――この国で最も美しい、女神の化身と呼ばれているのが、このアリエスお姉様だ。
 季節の変わり目には体調を崩しやすく、熱を出して寝込んでいることが多い。

「アリエス……可哀想な子。ヨハネスは恐ろしい男だって聞いたわ」
「虎食べたいり、ドラゴンと戦ったりしたんですよね……」
「それだけじゃないわ。弟君を権力から引き離すために、無理矢理修道院に入れたり……自分に逆らった老臣を下着一枚で逆さづりにして城の尖塔からぶら下げたとか、目が合っただけで小動物が泡を吹いたとか、とにかく恐ろしい噂ばかり耳にするもの」

 お姉様のベッドに近づいてそっと手を握る。
 昔から、王妃様の子であるアリエスお姉様と、二番目の兄であるダグラスお兄様はなにかとわたしによくしてくれていた。

「せめて結婚が一年後だというのが救いね。ダグラスが帰ってくるもの……あの子、リリアのことを守るってずーっと頑張っていたから」
「はい……ダグラスお兄様にもしっかりとご挨拶させていただきたいです。先日もお手紙をくださったばかりで」

 ダグラスお兄様は軍人で、現在は国境の要塞にいる。
 早くても王都に戻ってくるのは三か月後となってしまうが、結婚の前にはしっかりとご挨拶できそうだ。

「リリア、本当にごめんなさい。私のせいであなたに無茶を強いることになってしまって」
「どのみち、どこかで誰かに嫁がなくてはならないんです。相手がその、ちょっと怖いかなって思うけど……でも、こればかりは、わたしも覚悟を決めないと」

 いくら恐ろしくたって、結婚はもう決まってしまったのだ。
 向こうが王女を妻にと望んでいるのに、こちらから「やっぱりなかったことにしてください」なんて言ったら、それこそこの国が永遠に地図から消えることになる。

「わたし、できるだけ帝国で長生きしようと思います」
「……戦争じゃなくて、結婚しに行くのよね?」

 アリエスお姉様が困ったような表情を浮かべた。

 そう、わたしはあくまで、ヨハネス陛下と結婚をするのだ。