どうやらその辺りまでしっかり聞き及んでいたらしい。
とはいえ、原稿がここにある意味をいいように解釈してくれたのは、わたしにとってもかなり助かる。
皇帝陛下に嘘をつくのは重罪だが、せっかく勘違いしてくれたのだからこのまま――なんとかこの場面を乗り切りたい。
「あ――えぇと、実は作者の……ビビアンから、一つ相談を受けていまして」
「相談……聞いてもいいことか?」
「はい。むしろ、陛下の方がわたしより詳しいことです」
ジグムント様に尋ねようと思っていたことを、今ここでヨハネス様に聞いてみる。
戦争に関しては天才的な戦歴を誇る彼なら、この状況を打破するための柵を教えてくれるかもしれない。
探求心に打ち負けたわたしは、そっと原稿を指でなぞって今の状況を彼に伝えることにした。
「主人公が山間から、寡兵を率いて大軍と相対する状況なのですが、どうにも現実味がないというか……三百年前のカルドラ戦役で似たような状況があったかと思うのですが、如何せん資料が足りず困っていると」
「カルドラ戦役? ならば舞台は雪山か」
「はい。敵軍は盆地に逗留しており、戦力は二個中隊。対して主人公が率いるのは三個小隊ほどの人数です」
今できあがっている設定まで伝えると、彼は近くにあった椅子に腰かけ、腕組みをした。
思慮深い藍色の瞳が伏せられると、彼はぐっと考え込む仕草を見せる。
「しばし考える。紙をもらえるか、リリア」
「は、はい。こちらに」
適当な紙とペンを差し出し、燭台を近くに持ってくると、彼は神妙な面持ちでそれを手にした。
そうしてさらさらと簡単な地図を書き、ヨハネス様はわたしに向かってちょいちょいと手招きをした。
「リリア、こちらへ。そこではよく見えないだろう」
「で、では――お隣、失礼いたします」
軽く頭を下げてから、彼の隣に座る。
思えばここまで彼と話したのは、結婚式の前日以来かもしれない。つまり一年ぶり。
だというのに、ヨハネス様は昨日もこうしてあれこれと会話を交わしたかのように振舞ってくる。
……正直に言えば、わたしは戸惑っていた。
「往々にして、我が帝国軍は人数で相手を圧倒することが多い。だが、今聞いた地形と限られた戦力で……あくまで、余が兵を動かすなら――攻め入る方向を変え、より少ない戦力での奇襲を仕掛ける」
その戸惑いを知ってか知らずか、彼は淡々とした口調で話し続ける。
感情の見えないその横顔になにも言えないまま、わたしは彼が書き記した地図に視線を落とすのだった。
とはいえ、原稿がここにある意味をいいように解釈してくれたのは、わたしにとってもかなり助かる。
皇帝陛下に嘘をつくのは重罪だが、せっかく勘違いしてくれたのだからこのまま――なんとかこの場面を乗り切りたい。
「あ――えぇと、実は作者の……ビビアンから、一つ相談を受けていまして」
「相談……聞いてもいいことか?」
「はい。むしろ、陛下の方がわたしより詳しいことです」
ジグムント様に尋ねようと思っていたことを、今ここでヨハネス様に聞いてみる。
戦争に関しては天才的な戦歴を誇る彼なら、この状況を打破するための柵を教えてくれるかもしれない。
探求心に打ち負けたわたしは、そっと原稿を指でなぞって今の状況を彼に伝えることにした。
「主人公が山間から、寡兵を率いて大軍と相対する状況なのですが、どうにも現実味がないというか……三百年前のカルドラ戦役で似たような状況があったかと思うのですが、如何せん資料が足りず困っていると」
「カルドラ戦役? ならば舞台は雪山か」
「はい。敵軍は盆地に逗留しており、戦力は二個中隊。対して主人公が率いるのは三個小隊ほどの人数です」
今できあがっている設定まで伝えると、彼は近くにあった椅子に腰かけ、腕組みをした。
思慮深い藍色の瞳が伏せられると、彼はぐっと考え込む仕草を見せる。
「しばし考える。紙をもらえるか、リリア」
「は、はい。こちらに」
適当な紙とペンを差し出し、燭台を近くに持ってくると、彼は神妙な面持ちでそれを手にした。
そうしてさらさらと簡単な地図を書き、ヨハネス様はわたしに向かってちょいちょいと手招きをした。
「リリア、こちらへ。そこではよく見えないだろう」
「で、では――お隣、失礼いたします」
軽く頭を下げてから、彼の隣に座る。
思えばここまで彼と話したのは、結婚式の前日以来かもしれない。つまり一年ぶり。
だというのに、ヨハネス様は昨日もこうしてあれこれと会話を交わしたかのように振舞ってくる。
……正直に言えば、わたしは戸惑っていた。
「往々にして、我が帝国軍は人数で相手を圧倒することが多い。だが、今聞いた地形と限られた戦力で……あくまで、余が兵を動かすなら――攻め入る方向を変え、より少ない戦力での奇襲を仕掛ける」
その戸惑いを知ってか知らずか、彼は淡々とした口調で話し続ける。
感情の見えないその横顔になにも言えないまま、わたしは彼が書き記した地図に視線を落とすのだった。