じっとこちらを見下ろしながら、ヨハネス陛下はこてんと首を傾げた。
 無礼極まりない態度を取ってしまったけれど、別に怒っているわけではないらしい。しばらくまともに話していなかったので、声を聞いても一瞬誰かわからなかった。

「ど、どどどどどうしてこちらに?」
「夫が妻の寝所を尋ねるのに、理由がなければならないのか?」
「そういうわけじゃないですけど――お、お忙しいと聞いていたので」

 本来、彼が私の部屋に訪れる際は事前の連絡があるはずだ。
 ルネなり他の侍女なり、他の侍女からの連絡があればわたしだって相応に部屋を片付けていたし――そもそも、机の上に書きかけの原稿を置いておいたりなんてしなかった。

(……まずい、原稿そのままだ……!)

 ヨハネス陛下があの物語を読んでいるという話は聞いたことがない。
 皇帝陛下が読んでいるとなったら真っ先にルネから報告があるだろう。

 勝手知ったる妻の部屋、とずかずか部屋の奥へ進んでいくヨハネス様を止めることができず、わたしは彼の後ろについていく。
 すると、その視線が机の上で散らばった紙の束に向けられた。

「なんだ、これは――手紙?」
「い、いえ……その」
「……これは、物語か。ん? ――マルドゥク?」

 じ、と藍色の視線が、原稿からわたしに向けられる。

「『冬の王と黎明の巫女』……」
「ご存じなのですか……?」
「最近、城内で流行っているだろう。先日ジグムントからぜひ読んでみろと勧められて、今一巻目の二章まで読んだところだ」
「そ、そう、なんです、か……」
「興味深い物語だったな」

 陛下がどんな感情でこんなことを言うのかがいまいちわからないけれど、とにかく読んではくれているようだ。
 嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な気持ちだ。まだ完全な他人というなら割り切ることだって簡単だけれど、曲がりなりにも夫である男性に自分の書いた物語を読まれるのはなんだかこそばゆい。

 そう思っていると、彼はふいと原稿から目を反らした。
 てっきり中身を熟読されると思っていたわたしは、その行動に驚いて目を丸くしてしまう。

「これは――余が読んでもいいものか?」
「え……っと、それは」
「これはジグムントの受け売りだが――リリア、お前は確かこの本の作者と親しいのだったな。友人から預かったものを、余が勝手に読むのは問題があるのではないか」