「リリア、お前は帝国に嫁ぎなさい。来年の春には結婚式を挙げてもらう」
十六歳の誕生日、わたしことリリア・メルトワーズはそう命令された。
相手は国王陛下――わたしの実の父親だ。
もうお父様とは何年かまともに話したことがなかった。最後の記憶は三年前、お母様の葬儀の時だっただろうか。
今日の朝突然執務室に呼び出しを受けたと思ったら、いきなりこう告げられたのだ。
「は?」
「だから、帝国に嫁げ。結婚しろと言っているのだ」
「帝国? 帝国とは、ヴァイルデン帝国でしょうか」
「そうだ。お前は彼の国の黒血皇帝に嫁いでもらう。帝国側から、王女との結婚を望むという話があったんだ」
ヴァイルデン帝国。
大陸の北方に位置する巨大な国で、我が国とは国境を隣にしている。
メルトワーズ王国は帝国の西側にくっついている小さな魚みたいな国で、貿易はほとんど帝国に頼り切り、資源だって帝国の豊富な燃料資源を買い付けている。
「こ、黒血皇帝? あの、ヨハネス陛下のことですよね」
「そうだ。三人いる王女のうち一人を差し出せという話だったが、アリエスでは務まらん。あれは子どもが産めるような体ではないだろう」
我が国には王女が三人。
女神の再来、王国の至宝と呼ばれる美しさを持つ長女のアリエスお姉様。
少し我儘だけれどチャーミングな笑顔で国中の貴族を虜にする次女のナターシャお姉様。
そしてわたし、三女のリリア。お姉様たちと比べると顔立ちは地味だし、華やかな髪の色をして人目を引きつけることもない。
更に、わたしは兄姉たちの中で、もっとも父親である国王陛下に疎まれている。
三年前に亡くなったお母様は国王の第三妃だったが、早いうちに国王陛下からの寵愛を失ってしまったのだ。
母の実家は王妃様に次いで高い家格の侯爵家だったが、そのせいで没落し後ろ盾もない。
つまり、今のわたしにこの件で頼ることができる人間はいないことになる。
「……ナターシャお姉様はいかがでしょう。わたしよりもずっとお美しい方ですし、お話をするのもお得意です。きっと皇帝陛下も、ナターシャお姉様でしたら喜んで……」
「……だめだ。あれは侯爵家の次男坊がお気に入りで、彼と一緒でなければ帝国の土は踏まぬと言って泣きだした。第二妃のメイデンも、ナターシャを帝国に嫁に出すくらいならば今すぐ修道院へ向かって出家すると言い出してな」
ナターシャお姉様は、いい意味でも悪い意味でも天真爛漫だ。
お気に入りの兵士や貴族をいつも隣に置いていて、そのお気に入りも月ごとに変動がある。実は王宮内で賭けの対象になっているのだけれど、お父様やお姉様はきっとそのことを知らないだろう。
「それで、わたしですか?」
「そうだ。お前しかいない……幸いにして、お前はターニャに似ず体は丈夫だ。アリエスやナターシャのような華やかさはないが、貴族の子女が集うマルシオン王立女学院にも通っている。皇妃としての教養は十分だろう」
お父様は渋い表情を浮かべながらそう言うと、これはもう決定事項だと念を押した。
十六歳の誕生日、わたしことリリア・メルトワーズはそう命令された。
相手は国王陛下――わたしの実の父親だ。
もうお父様とは何年かまともに話したことがなかった。最後の記憶は三年前、お母様の葬儀の時だっただろうか。
今日の朝突然執務室に呼び出しを受けたと思ったら、いきなりこう告げられたのだ。
「は?」
「だから、帝国に嫁げ。結婚しろと言っているのだ」
「帝国? 帝国とは、ヴァイルデン帝国でしょうか」
「そうだ。お前は彼の国の黒血皇帝に嫁いでもらう。帝国側から、王女との結婚を望むという話があったんだ」
ヴァイルデン帝国。
大陸の北方に位置する巨大な国で、我が国とは国境を隣にしている。
メルトワーズ王国は帝国の西側にくっついている小さな魚みたいな国で、貿易はほとんど帝国に頼り切り、資源だって帝国の豊富な燃料資源を買い付けている。
「こ、黒血皇帝? あの、ヨハネス陛下のことですよね」
「そうだ。三人いる王女のうち一人を差し出せという話だったが、アリエスでは務まらん。あれは子どもが産めるような体ではないだろう」
我が国には王女が三人。
女神の再来、王国の至宝と呼ばれる美しさを持つ長女のアリエスお姉様。
少し我儘だけれどチャーミングな笑顔で国中の貴族を虜にする次女のナターシャお姉様。
そしてわたし、三女のリリア。お姉様たちと比べると顔立ちは地味だし、華やかな髪の色をして人目を引きつけることもない。
更に、わたしは兄姉たちの中で、もっとも父親である国王陛下に疎まれている。
三年前に亡くなったお母様は国王の第三妃だったが、早いうちに国王陛下からの寵愛を失ってしまったのだ。
母の実家は王妃様に次いで高い家格の侯爵家だったが、そのせいで没落し後ろ盾もない。
つまり、今のわたしにこの件で頼ることができる人間はいないことになる。
「……ナターシャお姉様はいかがでしょう。わたしよりもずっとお美しい方ですし、お話をするのもお得意です。きっと皇帝陛下も、ナターシャお姉様でしたら喜んで……」
「……だめだ。あれは侯爵家の次男坊がお気に入りで、彼と一緒でなければ帝国の土は踏まぬと言って泣きだした。第二妃のメイデンも、ナターシャを帝国に嫁に出すくらいならば今すぐ修道院へ向かって出家すると言い出してな」
ナターシャお姉様は、いい意味でも悪い意味でも天真爛漫だ。
お気に入りの兵士や貴族をいつも隣に置いていて、そのお気に入りも月ごとに変動がある。実は王宮内で賭けの対象になっているのだけれど、お父様やお姉様はきっとそのことを知らないだろう。
「それで、わたしですか?」
「そうだ。お前しかいない……幸いにして、お前はターニャに似ず体は丈夫だ。アリエスやナターシャのような華やかさはないが、貴族の子女が集うマルシオン王立女学院にも通っている。皇妃としての教養は十分だろう」
お父様は渋い表情を浮かべながらそう言うと、これはもう決定事項だと念を押した。