同性婚が日本で認められて早三年、会社員の白銀美砂(しろがねみさ)は、本屋で買った結婚情報誌を手に家へと急ぐ。その胸は高鳴り、頬は緩んでしまっていた。
「ただいま〜!」
美砂が家の中に入ると、ふわりとお味噌汁のいい匂いが鼻腔に入り込む。そしてリビングから「おかえり」と背が高く、長い髪を揺らした女性が姿を見せる。
「えへへ、お腹空いちゃった〜」
「今日もお仕事ご苦労様でした」
そんな話をしながら、自然と二人は抱き締め合う。しばらく互いの体温を確かめ合い、顔を上げた瞬間に二人の唇は重なった。
美砂とキスをしているのは、キャビンアテンダントとして働く恋人の鶴巻藍(つるまきあい)だ。二人は幼なじみで同性愛者。マンションを借りて、お互い大学を卒業してからずっと同棲している。
会社員とキャビンアテンダントという、仕事の忙しさも、内容も、何もかもが違う職種の二人だが、幼い頃からずっと一緒にいるためか、お互いのことをよく知っているため、ぶつかることは少ない。
「今日の夕食は、豚肉の生姜焼きよ。お味噌汁は、美砂の大好きな豆腐とわかめにしたわ」
「ありがとう!」
今日あった出来事を話しながら、二人はリビングに入って並べられた夕食を食べる。そんな二人は、ただの恋人から関係を大きく変えようとしていた。その証拠に、二人の左手の薬指には、お揃いの指輪がはめられている。
「じゃ〜ん!結婚式のことをちゃんと決めたいから、本を買ってきたよ〜」
「わあ、ありがとう!結婚式ができるなんて夢みたい……」
二人はそろそろ結婚しようと考えていた。互いの両親にはもう挨拶済みである。同性婚ということに互いの両親は戸惑っていたものの、二人の熱意に負けて結婚を認めてくれた。
「どんな結婚式にする?」
美砂が訊ねると、藍は少し考えてから「大勢の人に祝福されたいな」と微笑んだ。
「ほら、少し前って同性婚は認められてなくて、同性愛とかを気持ち悪いって思う人もたくさんいたんでしょ?あの頃、差別が原因で別れた人って多いのかなってずっと考えてて……。だから、もう時代は変わったんだよって証にたくさんの人を呼びたい」
藍のその言葉に、美砂は「じゃあ、そうしよっか」と頷く。同性愛でも、異性を愛することでも、そこに愛があるのは同じ。人をたくさん呼んでも構わない。
「結婚式場、どこにする?どういう式をするかで変わってくると思うけど……」
藍が訊ね、美砂はページをめくっていく。屋外での海外風の挙式や、海が見える場所、豪華絢爛な場所まで、結婚式場はたくさんあって迷ってしまう。
「う〜ん、どうしよう……。結婚式はしたいけど、セレブみたいな派手なものをしたいわけじゃないのよね。結婚式もしたいけど、新婚旅行もしっかり楽しみたいし……」
「なら、式場を色々見学してから決めましょうか。写真だけじゃわからないし」
藍がそう言い、式場見学をするために、美砂は電話をかけ始めた。
結婚式は、二人で見学して緑豊かで綺麗な結婚式場を選んだ。そこから、本格的に結婚式に向けての準備が始まっていく。
「ウェンカムボードとか、二人で手作りしない?」
美砂がそう提案し、ウェルカムボードやウェルカムドールなど可能なものは手作りすることになった。二人とも趣味がDIYなので、手作りすることは苦ではない。むしろ、とても楽しいのだ。
「ただいま〜……」
仕事が終わって少し疲れた顔をして帰ってきた藍に、仕事が休みだった美砂が一日かけて作ったウェルカムドールを見せる。そして、「お仕事お疲れ様!」と小さな子どものような声でふざけて言ってみた。
「可愛い!熊がドレス着てる!」
藍がパアッと明るい笑顔を見せ、美砂は「でしょ?自信作なの!」と言う。二頭の熊の形をしたウェルカムドールは、お揃いの白いドレスを着て並んでいる。
「よ〜し!なら、私も頑張ってウェルカムボードを作らなきゃね!」
藍が頑張るぞと言い、美砂は「先にご飯食べてね」と冷めてしまった夕ご飯を温め直す。藍は返事をしつつ、花でウェルカムボードを飾り付けていく。
リビングを見れば、二人で作っているリースやリングピローが並んでおり、結婚式当日が楽しみになっていくのだ。
小物を用意するだけが結婚式の準備ではない。会場の飾り付け、披露宴で出す食事の内容、細かいことをプランナーさんと話し合って決めていく。
そして今日、美砂と藍、花嫁にとって一番大切なことが訪れた。
「うわぁ〜、素敵!」
二人は目を輝かせて目の前の光景を見つめる。部屋の一面に白や色とりどりのドレスが並べられている。そう、今日は二人が結婚式で着るドレスを選びにきたのだ。
「こんなにたくさんあるとは、想像もしていなかったわね」
藍が言い、美砂も頷く。こんなにたくさんあれば、選ぶのに数時間はかかってしまいそうだ。
「とりあえず挙式の時に着るものと、披露宴で着るもの、それぞれ選ばないとね」
美砂はそう言い、ドレスを手に取ってみる。ドレスは一つ一つデザインが違い、様々な種類が並べられていた。
「藍は背が高いから、マーメイドラインのドレスとか似合いそうだよね。それに高いヒールなんて履いたらモデルさんみたいじゃない?」
「なら美砂は可愛いから、Aラインやプリンセスラインのドレスが似合いそう。ティアラとか頭につけたら本物のお姫様ね」
そんなことを言いながら、二人はドレスを何着か選び、一着ずつ試着をして、少し違う、これは似合うなど話しながら決めていく。
最終的に、美砂はAラインのドレスを、藍はエンパイアラインのウエディングドレスを挙式で着ることに決めた。披露宴では、美砂は緑のレースやリボンのついたドレスを、藍は青いシンプルなデザインのドレスを選ぶ。
「本番が楽しみね!」
帰り道、二人は指を絡ませ合いながら手を繋ぎ、歩いていく。あの素敵なチャペルで、永遠の愛を誓うのだ。
美砂は藍に向かって背伸びをし、優しく触れるキスをする。
「結婚式の時って、みんなの前でキスするんでしょ?何だか照れちゃうわ」
美砂が顔を赤くしながら言うと、「そうね。今さらだけど恥ずかしいわね」と藍は微笑む。
もう一度、互いの唇が重なった。
約一年の時間をかけた美砂と藍の結婚式は、ついに今日行われる。花嫁である二人は支度のために早めに式場に向かい、ドレスを着てヘアメイクをしてもらった。
「素敵!よく似合ってるわ」
綺麗なドレスに身を包んだ藍を見て、美砂は胸を高鳴らせる。今日から二人は家族として歩んでいくのだ。病める時も、健やかなる時も、互いを愛し合って生きていく。