傑先輩は、メガネをかけていてかっこよくて、成績優秀な人。この軽音部ではベースを担当していて、口数が多い方ではないクールな人なんだけど、何故かその顔は今真っ赤だ。
「先輩、どうしたんですか?顔真っ赤ですし、熱でもあるんですか?」
私が近付こうとすると、先輩は「来なくていい!」と言いながらノートを握る。どうしてそんなに慌ててるんだろう?
「それより、今日移動する時に偶然お前見かけたけど、クラスメートの男子と距離近すぎんだろ。おまけにあんなに笑って……」
傑先輩が急に話を変えてきた。何でそんな距離感の話を?
「ただの友達ですよ!それより、他のみんなが来る前に部活の準備しときますね」
私は笑って部室の奥へと入る。ここには、みんなが使う楽器なんかがしまわれているんだ。
私は知らなかった。傑先輩がノートの隅に「村崎最愛」と書いていたことを……。それが原因で傑先輩は顔を真っ赤にさせていたということも……。
次の日、次の授業は移動教室だ。早めに友達と移動しておしゃべりしてたんだけど、忘れ物をしたことに気付いて慌てて取りに教室に戻った。幸い、授業が始まるまでまだ時間はたっぷりある。
「よし、早く戻らなきゃ!」
忘れ物を取り、私が歩こうとすると「最愛ちゃん!」と言いながら抱き付かれる。びっくりして口から変な悲鳴が出てしまった。
「もう、驚かさないでよ!」
「ごめんごめん。お詫びにこれ、キャンディーあげる」
耳につけたピアスを揺らし、髪を金髪にしているかっこいいこの男子は、私と同じ軽音部の部員である黄山日向(きやまひなた)くん。彼とは違うクラスなんだけど、出会うたびに驚かせようと抱き着いてくるんだ。まあ、別に嫌じゃないけどね。
「次、何の授業なの?」
「家庭科だよ。マカロン作るんだ。日向くんやみんなにあげるね」
「えっ、本当!?やった〜!!」
日向くんがはしゃぎ、今度は真正面から抱き着いてくる。日向くん、この学年の中で一番と言っても過言じゃないくらい背が高いから、大型犬に飛びつかれたみたいだ。
「わっ!ちょっと、危ないでしょ!」
飛びつかれて体のバランスを崩しそうになったため、慌てて日向くんから離れて腰に手を当て、怒ってます感を出す。すると、日向くんは「ごめん……」と言いながら謝ってくれた。しょんぼりして、本当に叱られた犬みたいだ。
「……次からは気を付けてね」
しょんぼりした日向くんをそのままにしておけず、頭をそっと撫でてあげる。丁寧に手入れがされた髪はサラサラで、ずっと撫でていたい気持ちになってしまうんだ。
「えへへ、ありがとう」
日向くんはニコリと笑う。その時、授業五分前を告げる予鈴がなり、私は「急がなきゃ!」と廊下に出る。その時、日向くんが後ろで何か呟いたような気がした。
「日向くん、何か言った?」
振り返って訊ねると、日向くんは何故かどこか切なげな笑みを浮かべている。その顔は横に揺れた。
「何もないよ」
「そう?じゃあ、調理実習頑張ってくるね!」
この時、日向くんが呟いていたのは「男に可愛いエプロン姿見せるんだよね。見るの、俺だけでいいのに」という嫉妬だった。
それから数日後、私はいつも通り学校へと向かって歩く。すると、「先ぱ〜い!」という声が後ろから聞こえてくる。振り返れば、ふわふわのブラウンの髪をした可愛い雰囲気の男子が手を振りながら走ってくる。同じ軽音部の一年生、緑川唯(みどりかわゆい)くんだ。
「そんなに走ったら危ないよ」
そう言ったものの、彼は走るのをやめない。そんなに急がなくても、学校に遅刻することはないんだけどな……。
「わっ!」
唯くんが何かにつまずき、そのまま転んでしまう。言わんこっちゃない、と私は彼に呆れながら駆け寄った。
「大丈夫?怪我してない?」
手を差し出すと、「ごめんなさい。先輩に早くおはようって言いたくて……」と唯くんは顔を赤くしながら笑い、私の手を取って立ち上がる。制服は転んだため汚れていて、擦り傷ができていた。
「怪我してるじゃない。こっち来て」
通学路の途中にある公園に唯くんを連れて行き、傷口を綺麗に洗う。そして、その傷口にいつも持ち歩いている絆創膏を貼ってあげた。
「これでよし!」
私が笑うと、「ありがとうございます、小桜先輩」と言いながら唯くんが抱き着いてくる。彼は男子にしては小柄なので、よろけずに済んだ。
「ちゃんとあとで消毒してね。じゃあ、学校行こうか」
遅くなったけど、おはようと挨拶をすると、彼は天使のような笑顔で「おはようございます」と返す。朝はいつもこうだ。毎日のように、唯くんが挨拶してくれる。
「先輩と同い年だったらよかったのになぁ……」
唯くんが寂しそうに私の服を掴んできた。私と少ししか身長が変わらない彼は、私をジッと見つめる。
「だって、先輩と同い年だったら、同じ教室で勉強して、探さなくてもずっと一緒にいられるから」
何だか弟みたいで可愛い。私の手は自然と唯くんの頭に触れる。
「そんなの関係ないでしょ?先輩と後輩っていう関係でも、唯くんとはいつもこうやって話せるんだから」
そう言って笑えば、唯くんも可愛い笑顔を向けてくれる。そして私の腕に自分の腕を絡ませて、「今日部活ない日ですし、放課後クレープでも食べに行きませんか?」と言う。もちろん答えは賛成!
下駄箱で別れた後、彼は微笑みながら胸にそっと手を当てていた。
また数日後、私は放課後先生に呼び出されて、提出したノートを教室に運んでいた。この授業の連絡係だからね。
「……それにしても、結構重いなぁ……」
三十人以上のノートを全部一人で持たせるなんて、先生も鬼だよね。腕が疲れて震え始めてる。
「教室までまだ遠い……!」
フラフラしながら階段を登ろうとした時、「何してんの?」と声をかけられる。振り向けば、赤っぽい髪をしたかっこいいと可愛いが混じった顔の男子がいた。同じクラスで、部活も同じの赤井練(あかいれん)くんだ。家も近くで、幼なじみという関係でもある。
「実は、先生にノートを運べって言われちゃって……」
「じゃあ、俺が半分持つよ」
私が断る前に、練くんは私の手からノートをほとんど奪っていく。
「練くん、いいよ。私が頼まれたんだし」
「いいって。ノート持ってたら足元見えないだろ?転んだら怪我するしさ」
あと、今日は遅いから一緒に帰るぞ。危ないから。そう頬を赤くしながら練くんは言う。練くんは心配性だ。
夕日が差す廊下を歩いていると、練くんが何かの歌を口ずさんでいるのに気付く。それは、私が好きだって前に話したアーティストの曲だ。
「練くん、その歌……」
「最愛が好きって言ってたから聴いてるんだ。いい歌詞だよな」
好きなものを共有してくれるって嬉しい。ふわふわと心が温かくなって、笑顔が自然と生まれる。
「嬉しい!」
笑顔で練くんを見上げると、練くんは「お前なぁ〜……」と耳まで赤くしながら顔を逸らす。
「練くん?」
突然顔を逸らされたから、何かしちゃったのかなって不安になる。でも、練くんは「何でもない!早く置いて帰るぞ!」と言って足を早める。
この時、練くんが心の中で「その笑顔はズルい。勘違いしそうだ」と呟いていたなんて、私は知るよしもなかった。
それからも、私は楽しい学校生活を送っていた。勉強して、友達と話して、部活をして、忙しいけど楽しい毎日。かっこよくて可愛い先輩、同級生、後輩のせいでドキッとしちゃうこともあるけどね。
そんなある日、私がいつものように唯くんと登校し、下駄箱を開けるとあるものが入っていることに気付く。白い封筒に入れられた手紙だ。
「何だろう、これ……」
開けてみると、「放課後、空き教室で待っています」と書かれている。誰が書いたものなのか、名前は書かれていない。
「最愛ちゃん!これって、告白されるってことじゃないの?」
いつの間にか隣にいた友達が目を輝かせ、他の友達もみんなはしゃぎだす。私は「まだ決まったわけじゃないよ〜」と言いながらも、ちょっとドキドキしてた。こんなこと、人生で初めてだから。
ドキドキしていた私は気付かなかった。あの四人が私をジッと見ていたことに……。
放課後、私が空き教室に行くとクラスメートの男子がいて、友達が予想していたように告白されてしまいました……。でも、私はその男子のことは友達としか見れないから、心苦しいけど断ったよ。
「あっ、今日部活ある日だ!」
途中で部活のことを思い出し、小走りで部室へ向かう。そしてドアを開けると、珍しく全員が揃っていた。いつもは遅れて来る人もいるのに……。みんな、どこか真剣な表情だ。
「こんにちは、遅れてすみません」
そう私が言うと、「先輩、告白されたんですよね?」と唯くんが訊ねる。何で知ってるの、と聞く前に傑先輩が近付いてくる。
「返事、どうしたんだ?断ったんだろ?」
「は、はい……。友達としか見れないって伝えましたけど……」
急にみんなどうしたんだろう……。戸惑いながら答えると、傑先輩は一気に安心したような表情になる。刹那、傑先輩に抱き締められた。
「えっ!?先輩!?」
突然のことに驚く私の耳元で、傑先輩は囁くように言う。
「俺は、ずっと前から小桜のことが好きなんだ。一生大切にしたいんだ」
「えっ?えっ?」
突然の告白に戸惑っていると、傑先輩の腕の中から日向くんが救出してくれた。でも、その顔は傑先輩を睨んでいて、刹那、私のおでこに柔らかい感触が……。日向くんにおでこにキスをされたんだ。