「さっきの話、してくれるんじゃなかったんですか?」

 食事を終えて(こと)が片付けを済ませ呼ばれたのは寝室、しかも加瀬(かせ)のベッドの上だった。少しくらいは待つつもりだ、確かに加瀬はそう言ったはず。その言葉を素直に信じていた琴は一気に不安になった。
 そんな琴の様子に気付いたのか、加瀬は彼女の長い髪を撫でるように梳く。少し落ち着けというようなその優しい手つきに、琴の緊張がゆっくりと解れていくのを確認して加瀬は口を開いた。

「まずはあんたの父親、寝ている間に電話で確認したが問題ないそうだ。奥さんの方は言い訳をしているようだが、浪費の証拠が次々と見つかったらしく、離婚も視野にいれて話し合っていると聞いた」

「……離婚、ですか」

 自分にとっていい母親ではなかった。それは違いないのにいざ彼女がそうなるのだと思うと、琴は何とも言えない気持ちになる。これが自分の望んだことの結果なのかと、そんな彼女に加瀬は……

「琴が自分を犠牲にしてあの中年男と結婚していたとしても、いずれは同じことになったはずだ。俺を選んだあんたは少しも悪くない」

「加瀬さん……でも、私はそれを喜んでしまう駄目な娘なんです。父の選んだ女性なのに、本当はずっと好きになれなかった」

 ずっと誰にも言えずにいた本音、琴はそれを加瀬にだけは聞いて欲しいと思った。自分は綺麗なふりをしてただけで、本当はこんなにも暗い感情も持っているのだと。
 彼女はずっといい子でいるのに、もう限界を迎えていたのかもしれない。