そもそもどうして加瀬(かせ)は自分をあの場から連れ出してくれたのか、厄介払いのように嫁に行かされようとしていた(こと)と結婚したところで彼にメリットなどないはずなのに。
 琴がそんな事をぼんやりと考えている間に加瀬は調理を終えてしまい、彼女をテーブルへと呼ぶ。目の前に座る男はどう見ても結婚相手に困るような人じゃない、そう考え琴が加瀬をじっと見つめていると……

「今あんたが見つめるべきなのは用意された食事で、俺じゃないだろ?」

 意地悪そうに片方だけの口角を上げる加瀬に、琴は今聞くしかないと思った。琴にはまだ分からないままのことが沢山ある、それを加瀬に話してもらわなくては。

志翔(ゆきと)さんは、どうして私をここに連れてきたんですか? 何も知らないまま結婚までして、私にはそんな魅力なんて無いのに……」

 最後の方は申し訳なさからか小声になる、だがそんな琴を加瀬は真っ直ぐに見つめている。彼女が心配したような怒った様子も見られなかった。

「俺に聞きたいのはそれだけか? 他にもあるならまとめて答えるけど」

「あ、あります。義母が教えてくれた旅館の借金の話や、父と貴方が二人で何を話したのか。それに……今、父は義母に責められてないかとか」

 自分の事ばかりで申し訳ないとは思う、だがあんな風に連れ出され後の事を知らない琴にとって一番気がかりなのは父親と旅館の事だった。
 そんな琴の真剣な眼差しに加瀬も小さく頷いて……

「まずは食事を済ませてからだ、その後できちんと話してやるから」

 それだけ言うと加瀬は静かに食事の続きに戻り、そんな彼の様子に琴も彼が用意してくれた温かな夕食に箸をつけた。