意地悪な加瀬(かせ)の笑みと言葉に騙されたと知った(こと)が食って掛かれば、簡単にその戸を掴まれ彼の方へと引き寄せられる。
 すべてが加瀬の思う通りになっているとは知らない彼女は、バタバタともがいてそこから逃れようとする。そんな(こと)の腰に腕を回して抱きしめて、驚いて大人しくなった彼女の耳に加瀬はそっと甘い囁きを落とす。

「素直に俺の好意を受け取らないあんたが悪い、こうして大人しくさせないと駄目ならそうしてやるけど?」

「ひゃあっ! あ、あ……」

 慣れない感覚に変な声が出て焦ったように琴は口を塞ごうとするが、その手も加瀬に封じられていて好きに動かせない。彼の囁きから身を捩るようにして逃げようとする琴の姿が、彼の悪戯心を余計に擽っているのだとも知らずに。

「どうする? こうして毎日俺に大人しくさせらてるか、少しくらいは俺の言う事を聞いて家政婦に家事を任せるか。とっちを選ぶ?」

 ほとんど脅しだと文句を言いたいのに、今の状況ではそんな事を口にすれば何をされるか分からない。琴はパニックになりかけた頭で一生懸命考えようとする。
 だが再度、首元へとふっと吹きかけられた加瀬の息に頭が真っ白になって……

「わ、分かりました! 志翔(ゆきと)さんの言う通りにしますから、お願いだから一旦離して!」

 このままでは変な気分になってしまいそう、そう思った琴は加瀬の意見に合わせるしかなくて。ここまでする必要があるのかと思いながらも、必死で彼にそう伝えた。