日陰のベンチで、あなたに会いたい


「どうしたら友達ってできるのぉぉぉおお……!」

我慢していた思いを吐き出すように、そして唸るように言うのを聞いて、思わず吹き出しそうになった。

吹き出さずに、我慢できた僕をほめてほしい。

「高校に入ったら友達頑張って作ろうって思っていたのに……!」

“顔も知らない女子“のため込んでいたであろう独り言は止まらない。

「ああ、せっかく話しかけてくれたのに!
せっかく話しかけてくれたのにぃぃぃ……!

あんな言い方したら誰だって『あ、この子とは関わるのやめよう。顔も怖いし』
って思うに決まっているじゃない!

緊張すると言葉の選択が辛辣になるの直したいっ……!!」

悲痛な思いがあって言っているのは分かる。

分かるが……。

今までこんなに切実に自分の思いを吐き出している人は、見たことが(正確には聞いたことだが)なかったから、他人の何も取り繕っていない願望を聞くことはこれほど面白いとは思わなかった。

セリフのようなところは声色を変えて話すのが、さらに面白くて必死に笑い声を抑える。

ああどうしよう!

腹筋が痛すぎてどうにかなりそう。

さっきとは違う意味でどこかへ行ってほしい。

「違うの!

私はただ仲良くなりたくて、見てただけなの。

『あ、そのキャラクターかわいいよね』って言いたかっただけなのに、
私の目つきが悪いせいで『あ、うるさかった? ごめんね』って謝らせちゃったぁ。

いや、せめて、その後に『んーん。そのキャラクターかわいいよね』って言えていればっ……」

ごめん。

さっき『早くどっか行って』って思ったの謝るから、もう許して。

笑いすぎて、お腹苦しくてちょっと痙攣起こしてるから。

この後も“友達が欲しい女子“は、どうして自分には友達ができないのか、
そして、どうしたら友達ができるのかを一人で話しながら、
おそらく弁当を食べ終え「友達が欲しい……!」という切実な思いのこもった言葉を残して去っていった。

“友達が欲しい女子”がいた時間は20分くらいだったが、終始笑うのをこらえていて、僕の腹は限界突破をしていた。

その子が立ち去るときに、痛い腹を必死に抑えながら、去っていく後ろ姿を見た。

肩よりも少し長い黒髪で、きれいなストレート。

言っていた言葉には自信のなさを感じたが、歩く姿は背筋がピンとしていて、
先ほどまで「友達が欲しい」と言っていた人物とは思えないほどの気品を感じた。

後ろ姿からは学年などは分からないが、
「高校に入ったら友達頑張って作ろうって思っていたのに……!」
と言っていたことから、新入生だろう。

今まで、僕の周りには自分を取り繕って、僕に気に入られようと寄ってくる女子ばかりだったから、「友達が欲しい」と切実に思うあの子は、まぶしいくらいだった。

あの子は明日もここに来るのだろうか。

先ほどまで、自分の気に入っている場所を壊されると悪態ついていたにもかかわらず、明日も来てほしいと願っている自分に驚いた。

そして、特定の人と会うのを楽しみにするという感情も初めてだった。

明日も、今日のようにいい天気だといいな。

そうすれば、あの子も来てくれるかもしれない。

ほのかな期待とともに、午後の授業を受けるべく教室に向かった。

次の日。

この日も、春らしい日和で、外で過ごすにはちょうどいい日だった。

今は、お腹のすく4時間目の半ば。

今日の数学の授業は、急遽自習の時間になっていた。
先生が急な出張らしい。

僕は午前中の授業の内容が全く頭に入らない状態だった。

なぜなら、1つのことをずっと考えていたから。

……あの子は今日も来るのかな?

今日は昨日と同じく良い天気だから、昨日あの子があの場所を気に入ったのなら来るかもしれない。

昼休みになったらすぐにいつもの場所へ行こう。

来るとははっきりしていないのに、勝手に待つなんてバカみたいだ。

バカみたいと思っているのに待ちたいと思ってしまうのは、昨日のあの子の言葉が耳から離れないからだろうか。

ぼうっと考えていると、僕の前の席に座る友達が話しかけてきた。

「なあなあ、さっき聞いたんだけど一年に美人な子いるらしい!

ちょっと近寄りがたい雰囲気あって、高値の花って感じなんだってー!

見てみたくね!?」

目をキラキラさせながら話しかけてくる友人。

コミュ力が高く多くの友達がいるこの友人は、またどこかから情報を仕入れてきたらしい。

特にその美人に対して興味のない僕は、「別に」と即答で返した。

「クッソ~イケメンはこれだから!

僕は女に困ってないってか?

嫌味か、嫌味なのか!」

悔しそうに顔を歪めて、僕を睨みつけながら言う。

僕をねめつけていたと思ったら、その表情から一転あきれ顔になり、「でも」と続けた。

「まあ、お前ならそういうと思ったけどな。

洸って女子にほんと興味ないもんなぁ。

興味なさ過ぎて、男が好きなのかと思った時があったくらい」

「別に興味ないわけじゃない」

普段だったらスルーするところだが、
今は気になっている子がいるからか、言い返してしまった。

顔には出さないが、慌てて
「でもそれ以上に鬱陶しいと思う場面が多いだけだ」
と付け足そうとすると、僕が言葉を付け足すより先に遮られた。

「え! 何それ珍し!

いつもならスルーするくせに……!」

やはり、僕らしくない反応だったらしい。

やばい。完全に失言だった。

「何、気になる子でもできたの?」

声のボリュームを落として、目の前の友達は僕を人差し指の先でつつきながら聞いてくる。

……鬱陶しい。

この話題はまずい。

何とかこの話題から逃れなければ。


「そんな子いない。

つーか、お前、課題終わったのかよ。 

もうちょっとで4時間目終わるぞ。

終わんなかったやつ放課後居残りだって言ってたぞ」

僕の言葉を聞いて、顔を青くしたバカな友人は、「そうだった!」と慌てて課題を再開した。

よし、何とか会話を中断できたことに安心した。

今まで生きてきて、こんなに異性に興味を持ったことがないから、今の僕は何を口走るか分からないということが分かった。

だいたい、自習中で周りの生徒も多少しゃべっていて、声のボリュームを落としているとはいえ、近くにいる人いる教室でこの話題を話すのはリスクが大きい。

人の口には戸が立てられないというし、どこからどんな風に情報が回るかなんて分からない。

特にこの友人は友好関係が広いから、友達ではあるが油断できない。

あと、偏見だとは知ってるが、女子の噂話は面倒くさいし、鬱陶しいというのを今までの人生の中で痛いほど味わってきてる。

これから言動に気を付けるようにしなければ……!


……噂と言えば、一年に高嶺の花の美人か。

その美人とやらよりもこっちは違う子が気になってるんだよ。

……なんてことは友達だとしても絶対に口が裂けても言わないし、
誰にも知られてはいけない。

今まで ”女子?興味ないです” みたいな感じだったのに、
”顔も名前も知らない女子のことが気になっています”
なんてことを知られた日には軽く死ねるくらいに恥ずかしい。

気を付けようと心の中で自分自身に誓っていると、
課題に戻ったはずの友人が再びこちらに振り返る。

僕とは違い、喜怒哀楽の激しい友人は ”哀” を前面に出した表情をしていた。

嫌な予感がする。

「ひぃ~かぁ~るぅ!

この問題とこの問題とこの問題……てか、半分くらいわかんない!

このままだと居残りになる! 

教えてください、洸様!」

両のてのひらを合わせて、お祈りのポーズをする目の前の友人。

人が心の中で教訓をかみしめているのに、この友人ときたら全くしょうがない。

「話してばっかだから進まないんだよ。

答えは教えないぞ。

けど、やり方は教えてやる」

「ありがとうぅぅぅ!」

抱き着いてくる勢いの友人を片手でおさえながら教科書の該当部分を開く。

おそらく普段の授業をほとんど真面目に聞いていないだろう友人に説明を始めた。

鐘が鳴るまであと15分。
昼休みになり、まだ課題が終わり切っていない友人を僕が教えられるだけを教えて、先ほど考えていた通り鐘が鳴ったら急いでいつもの場所に来ていた。

「ひかるぅぅぅ! お願い、まだ行かないで!」

「もう教えることない。あとは頑張れ」

「鬼か! 薄情者ぉ!!」

と、縋りついてくる友人を見捨てるような形になってしまったかもしれないが、あと僕にできることはないからいいことにしよう。

あの子が来る時間もわからないのに、時計ばかり見てしまう。

見るたび見るたび、長針は全く進まない。

来ないならいっそのこと早く時間が過ぎて昼休みが終わってしまえばいいのに。

そうすれば今日は来ないのだと諦めがつく。

ゲームとか楽しいことをしている時間はあっという間なのに、待ち人を待つという時間は永遠のように感じる。

待ち人はまだ来ない。

まだっていうか来るかわからないんだけどね。

やはり昨日はただ単に、一人になりたかったからここまで来たのだろうか。

諦めて、少し昼寝でもしようかと思い、体を横たえようとしたとき、こちらに向かってくる足音が聞こえた。


その足跡を聞いた瞬間、体がこわばり、緊張が走った。

あの子が来たのだろうか。

足音からは判断ができない。

でも昨日聞いた軽やかで、上品な足音はまさに、昨日のあの子だと思った。

昨日と同じで、僕とは反対側で足音が止まる。

「今日もいい天気だなぁ……」

なんとなく哀愁を含み、呟くように言った声は、まさしく昨日と同じ女子の声だった。

来てくれた……!

僕のためではないことはちゃんとわかっているし、顔も知らない女の子を勝手に待っている男なんてはたから見たら気持ち悪いのは重々自覚している。

でも、昨日知り合った(正確には勝手に僕が知ったのだけど……)ばかりだが“名前の知らない女子”のことで頭がいっぱいだった。

そして、今日も昨日のように話してくれるのかと期待して、ベンチに座っているであろう女子に耳を傾けた。