5月中旬、よく晴れた日の昼休み、それは突然起こった。
「ごめん、隣座ってもいいかな?」
身長が高くてスタイルのいい、いかにも女子にモテそうなこの王子様系イケメンに、私は急に話しかけられた。
高校に入って友達づくりにすっかり出遅れた私は、校舎の外の日影にある、あまり目立たないベンチに一人ぽつんと座り、昼食を食べていた。
この場所は、校舎からほとんど見えない死角になっていて、しかも、日陰でそこにはベンチもある。
初めてこの場所を見つけた私は、あまりの心地よさに感動した。
ここにベンチを置いた人は天才か。ここの魅力が分かるとは。
もしかして私と同じような人が、昔ここにベンチを置くよう言ってくれたのだろうか。そうだとしたらグッジョブ!
顔も知らない人に感謝の気持ちを心の中で述べた。
この場所を見つけてから、天気のいい日はこの場所で昼食をとることが習慣になっている。
断じて友達がいなくて、教室で昼食を食べるのが寂しいとか、高校に入ったら友達を作るぞと意気込んでいたのに全くできなくて居たたまれないとかではない。
しかし、友達を作るに越したことはないので、どうしたら友達ができるのかを考えながら今日も昼食を食べていた。
そんな私に、どこから登場したのか、急に表れて、唐突に話しかけてきたこの男の人。
ネクタイの色からして、二年生だろう。
私は、全く自慢でもない吊り上がった目を相手に向けながら、口を開いた。
「え、嫌です。
ナンパならよそでやってください」
一人でゆっくり昼食をとっていて、急に話しかけられて動揺した私が発した言葉は自分が思った以上に冷たい言い方だった。
あぁまたキツイ言い方をしてしまったぁぁ!
頭の中の私は頭を抱えながら崩れ落ちる。
そう、私は昔からこうだ。
このキツイ目つきと人見知りからくるキツイ言い方で、なかなか友達ができない。それに加えて、私の表情筋は死んでいる。
友達作りにおいてこの3点は壊滅的に向いてなかった。
昔は今より普通に話せていたと思うけど、成長するにつれどんどん人見知りをこじらせ、自分を守るための手段としてか、言葉にとげが出るようになってしまった。
確かに隣に知らない人が座るのは、人見知り上級者の私にはレベルが高くて嫌なんだけど、もっと言い方ってもんがあんでしょうが!
せめてこういう心の中が相手に伝わったなら、まだ救いようがあったのかもしれないが、世の中の人びとはエスパーではない。
よって、私が変わるしかないのだが、なかなかそれが上手くいかない。
普段の言い方はそれほど険のある言い方ではないはずなのだが、予想外に話しかけられたときや、嬉しくてテンパったときなど感情が大きく揺れるときに、このキツイ言い方が超強力に発動されてしまう。
私の自己防衛本能、特殊すぎないか……!
せめて、”言葉足らずでちょっと感じ悪い”の方が救いようがあったのに。
相変わらずの無表情のまま、心の中で自分を叱っている私を見て、先輩は笑った。
「あははは、ごめんね、急に話しかけて。
びっくりしちゃったよね」
驚いた。
話しかけられたときはとても驚いたが、今の反応の方が数倍も衝撃が強かった。
初見で私の言動に笑った人は、この人が初めてだった。
私に対する反応の種類は、敵意を表すか、そそくさと離れていく人がほとんどだから。
たまに、笑顔を崩さない人はいるけど、こんなに無邪気に私の前で笑った人はいない。
そして、その無邪気な笑顔を崩さずに先輩は話し続けた。
「いやね、近くを通りがかったらおいしそうな弁当食べてるなって思ってさ。
いつもここで食べてんの?」
何とも不思議な理由で話しかけてくる人だと思った。
弁当がおいしそうという理由で話しかけてくる人がいるんだろうか。
今までない話しかけられ方と、人見知りが相まって怖さが倍増した。
何で私なんかに話しかけてくるんだろう、この人。
早くどっか行ってくれないかな。
「そうだとしても、先輩に関係あるんですか?
特に用ないなら話しかけないでもらえますか」
先輩はまた、無邪気に笑った。
さっきは驚いたが、改めて考えるとなんで笑っているのかに心当たりがなく、ここまでくるとほんとに怖い。
「怖がらせてごめんね、僕2年の東堂洸っていうんだ。
よろしく。名前覚えてくれると嬉しいな」
なんだろう、この、人の話を聞かない系のコミュ力お化けは。
変な人過ぎて、恐怖が一周回って冷静になってくる。
そこでふと思った。
あれ、もしかしてここでお昼食べたいのかな?と。
晴れの日はだいたい私がここ使っちゃってるし。
教室にいるといたたまれなくてここに来てるけど、ここ使いたいなら譲ろうかな。
ここ快適だから好きだけど、私だけの場所じゃないし。
広げていたお弁当をパパッと畳み、この場から去る準備する。
「もしかしてここ使いたいんですか?
だったら私、違うところで食べるので失礼します」
立ち上がり、この場から離れようとしたら、後ろからパッと腕をつかまれた。
「待って!」
「っ……!」
家族以外の他人から触られることが、小学生の集団下校から止まっている私は、その腕をとっさに振りほどいた。
「あ……急につかんでごめんね。びっくりしちゃったよね」
ずっと笑顔を崩さなかった顔が初めて変わり少し焦りを含む。
「ただ、君と仲良くなりたかっただけなんだ。
……嫌な思いさせたならごめん。
君はこのままここでお昼食べて、僕もう行くから」
今度は、先輩が立ち上がり私に背を向けて歩き出した。
去っていく後ろ姿に、なんとなく哀愁を感じた。
『仲良くなりたかった』
その言葉が頭の中をこだまする。
それは今まで生きてきて言われたことのない言葉だった。
そっか、私と仲良くなりたかったのか……そっか……。
『仲良くなりたい』
それは、私が今までいろんな人に言いたくて言えなかった言葉。
今まで他人から言われた言葉の代表例は、睨まれたとか酷いこと言われたとかだった私には、こそばゆくて、なんだか嬉しい。
他人から言われると嬉しいものなんだな。
「仲良くなりたかった……」
自分にだけ聞こえる声で、つぶやいた。
さっきまで怖かったのに、今は温かい気持ちでいっぱいだった。
言われたかった言葉を言ってもらえて、自分の顔が少し緩んでいくのが分かる。
今までに経験ない温かい感情に夢中になっていた私は、歩き去っていく後ろ姿が止まって振り返ったことに気付かなかった。
「あのさ」と話しかけられて初めて気づく。
緩んでいた頬は瞬時に引き締まり、いつもの無表情に戻った。
「君さえよければまた……ここで、話しかけていいかな?」
今までとは違い、こちらに選択権を与えている言い方だった。
そして、まるで懇願が含まれているような言い方だった。
「お、お好きに」
いつもなら嫌と言っていたかもしれないが、少し緩んでいたのと先輩の様子とで珍しく、鋭い言い方にはならなかった。
かといって、柔らかい言い方でもないのだが。
私の返事を聞くと先輩は破顔して笑った。
「ありがとう!
じゃあ、明日晴れたらまたここに来るね! 」
急な破顔に驚いて、反射的に頷いてしまった。
先輩は言いたいことを言い切ったのか、そそくさといなくなってしまった。
あした、また、か。
ん?明日?
「明日!?」
珍しい自分の大きな声が、耳と辺りに響いた。