栄先生の部屋にお邪魔した日から、私は彼を意識するようになっていた。恋愛感情を持ったわけじゃなく、あんなふうに男性と接近したのは久々だったから。気にしないほうが無理だろう。

 彼が図書室に来たり、院内ですれ違ったりするたびにどぎまぎして、ちゃんと目を合わせられない。伊吹ちゃんにも怪しまれている。

 婚活もすっかりやる気にならなくなってしまった。ただ酔っ払って見た夢かもしれないのに、呪文をかけられたみたいにほかの男性はどうでもよくなって、栄先生しか目に入らないのだ。

 あのあと結局お泊まりさせてもらったのだが、実はあの夜のことはあまりよく覚えていない。独占欲たっぷりのセリフも、もしかしたら酔っ払った自分が作り出した妄想かもしれないと、記憶が曖昧になっている。

 だってあれ以来、栄先生は相変わらず毒を吐いてくるものの、私と距離を縮めようとはしてこないから。

〝より子〟とも呼ばれないし、抱きしめられたり甘い言葉をかけられたりなんてこともない。なにより、彼には好きな人がいるのだから、あんなことを言うのはおかしいだろう。

 どうしても信じられない気持ちも大きくて、あれは幻想だったに違いないと結論づけていた。