末永より子という美人司書の存在は、研修医の中でちょっとした話題になっていた。

 黒いエプロンを身につけ、カッターシャツにスラックスという地味な服装をしていても、彼女は人の目を引く。

 それは目鼻立ちのはっきりした顔立ちだけでなく、すっと伸びた背筋や本を見つめる瞳から、凛とした雰囲気を感じられるからだろう。

 仲間内では〝男性経験が豊富そう〟とか〝並の男じゃ相手にされなそう〟とか、彼女の見た目だけで勝手な話ができあがっていて、それを耳にするのはあまりいい気はしなかった。

 皆より頻繁に図書室に通っていた俺は、彼女がそんなに高飛車な女性ではないと知っているから。


 初めて彼女を強く意識したのは、後期研修医になった頃の初夏のある日。

 俺はいつものごとくノートを開いて、その日立ち会った手術をシミュレーションしていた。

 手術室ではメモを取るのはほどほどにし、執刀医の手の動きに注目する。五感をフル活用してしっかりと頭に焼きつけ、休憩に入ったらすぐに図書室へ向かってその復習をするのがお決まりだ。

 目を閉じ、腹部大動脈瘤のオペの手順を思い返しながら執刀医のテクニックをまねてみる。