◇
ピンポーン、と。チャイムを鳴らす。
エントランスのオートロックは誰か住人について行って入ることもできたけど、さすがにあとで訴えられそうなことはしない。数秒の間の後、『はい』と聞こえた声は、明らかに元気がなかった。
「……、俺だけど」
ちらりと恭を見れば、何を言わなくてもそれに応えてくれる。
"紗七さん"は声だけで『恭?』と気づいたようで。
『もしかしてスマホ? ……どうぞ』
聞いていた話の割には、落ち着いてるように感じる。
開けてもらったエントランスのガラス扉を通り抜け、その場から動かない恭を振り返った。
「じゃあ、待っててね」
恭はわたしが一人で彼女の部屋に行くこと、納得してないみたいだけど。
"こういうの"って、男側が何かを言ったところで決着がつくイメージがまるでない。
だからこそ、わたしが直接乗り込むことにした。
ふたりで食べるはずだった夕飯に軽く作り足して、会いに来てくれた暖くんと3人で食べたけど。一緒に過ごすはずだったイブを奪われたことはこれでも根に持ってる。
「……危ないことはすんなよ」
「恭が言えたことかしら?」
「………」
恭が優しい人であることは、知ってるけど。
その優しさだけじゃダメだってこと、ちゃんとわかって欲しい。……わたしのお父さんがいい例だと思うけど。
「何かあったら連絡するわ」
ひらり。
手を振って、エントランスの奥へ進む。