指輪がこの部屋にあるのは、正直わかってた。
無理やりにでも探して帰ることだってできた。
……それでも一度は条件を呑んだのは、鞠を大事だと言いながらも結局は"ただのいとこ"さえも捨て切れなかった俺の最大限の譲歩。
それも守られないなら、今度こそ終わりだ。
「じゃーな」
「っ、恭、待って、」
「しつけーし、朝から騒いだら迷惑だろ」
玄関に向かうと、慌てて追いかけて来る紗七。
何を言われてももう振り返る気にはなれなくて、そのまま靴に足を入れると外へ出た。
紗七もさすがに廊下まで出て騒ぐ気はないのか、それ以上ついてくる様子はない。
それをいいことにエレベーターで下へおりると、せめてスマホだけ回収すればよかった、と今更遅い後悔がため息となって漏れた。
……まあでも、言ったところで置いてきたものは仕方ない。
親に頼んで解約してもらったあとで、新しく契約でもしてもらうしかないか、と。
頭で考えながら、少々急ぎ足で病院に向かう。
スマホはねーけど財布はあるから、途中でバスに乗った。早朝からでもバスが何本か通っているようなところに住んでるんだから、恵まれてるんだろうな。
「っ、さみーな」
病院前でバスをおりると、急いで停めてあったバイクの元へ急ぐ。
鞠の父親にもらったバイク。まだ明るくならない冬の薄暗さの中、家まで飛ばす。
「っ……」
目を見張ったのは、家の前に停まっていた"別の"バイクに見覚えがあったから。
見間違うことなんてない、暖のバイクだ。
"まさか"なんて、嫌な予想が頭を占める。
それを振り切るようにして、玄関の扉に手をかけた。