扉の中へ身を滑り込ませた彼に、ぐっと腕を引かれる。
抱きすくめられて、そこでまた涙があふれた。
「っふ、」
「恭じゃなくてごめんな」
確認しなかったのは、相手が恭だったらいいのにって思ったから。
鍵を持っているからインターフォンを鳴らす可能性は限りなく低いけれど、それでもわたしがいるのをわかっているから、鳴らしてくれたんだと思いたかった。
「信じたくても、信じられねえよなあ」
耳元でそう言われて、ふるふると首を横に振る。
信じてるよ。いまも恭のことを信じてる。
……でも、ひとりじゃ怖くなっちゃったの。
「いままでの鞠ちゃんなら、この状況で俺に連絡なんて絶対しなかっただろうに。
……こんなに素直に待って泣かされてんの、悪いけど俺放っといてやれねえよ」
暖くんの冷たい指先が、わたしの頬を包む。
きっと、とんでもなく急いで駆け付けてくれたんだろう。まだ薄暗くて寒い、こんな朝に。遠慮もなく連絡したわたしのために、来てくれた。
「婚約とかいいから、俺んとこおいで」
ぽたりと涙が落ちて、滲んだ世界がすこしクリアになる。
目の前の彼はなんだか困ったような表情を浮かべていて。
「俺が幸せにしてあげたいって、思っちゃったんだわ」
「暖、くん、」
顔が、近づく。
吐息が触れ合いそうで咄嗟に出た手は、彼の口元を覆った。紘夢の時みたいに、ヤケになって身を任せることはしたくない。……恭じゃなきゃ、だめで。