あの夏を境に柚菜が家族の行事に参加しなくなって
程なく大学生になったカズ君も長期の休みになると
バックパッカーとして色々な国を巡り始めてしまった。
そして、休暇の終わりに一回りも身体も心も大きく
日焼けで浅黒くなって眩しい笑顔を携え戻って
来るようになった。

「世界は広い」そう口にするカズ君をご両親、
特におじ様は温かい目で見つめていた。

その席に柚菜は居ない。

カズ君を独り占めしたくて画策し、疎ましく思っていた妹が
居なくなって距離が近くなるかと喜んでいたのに現実は
何処まで拡がるか解らないほどに距離が開いていく。

大学生になってからは、おば様のご実家の姓で加瀬グループで
アルバイトを始めてからはキャンパスで見かける事も減った。

私達を繋いでいるのは柚菜に関する連絡がある時に動く
メッセージアプリだけになりつつある。
その細い細い糸を切らない様に大切に大切にしてきた

何の前触れもなく私達家族は加瀬家を巻き込んで大きく動き出した。

柚菜のT大合格。


それは我が家にも、加瀬家に取っても寝耳に水の出来事。

カズ君も柚菜も居ない柚菜のT大合格を受けた後の食事会での話題は
この一点に集中したのは仕方が無いのは理解していたが、
無性に腹立たしかった。

妹なのに何一つ私は勝っていないことを突き付けられたような感情。


比べる両親では無かったけれど、世間の評価は違う。
お嬢様学校の桜華に通っているだけなら未だ良かった。
そこから最高峰の大学に現役で合格してしまった妹。

私達の世界は広いようで実は狭い。
あっという間に噂は広まる。
カズ君と私だけの世界だった大学にもその噂は広まってしまい
居た堪れない。
『おめでとう! 柚菜ちゃん T大なんだってね。』
『現役合格なんて凄いね 』
なんの悪気も無い言葉。
喜ぶべき言葉なのにその言葉を向けられる度に蝕まれる私の心



もともと、人気のあった柚菜。
明応中学に入学してくると思ったのに肩透かしを食らった気持ちになった
男子学生は沢山いたようで
柚菜の中学入学時期に同じ学園で凄く事を思い描いていた何人もの先輩に
内部進学したと説明した事を昨日のように思い出す。
その度にジャリジャリと心が削れていったが、あの当時はカズ君の傍に柚菜が
来ない事への安堵の方が勝っていたが、その悦びが一瞬で消え去ったのは
父と加瀬のおじ様の会話がテラスから漏れ聞こえて来た晩。

少しお酒が入っていたようで普段より声が大きくななっていたからなのか
”一那”のワードに過敏に反応したからなのか
足を止めてしまった、絶望に突き落とされるとも知らずに

「一那は柚菜ちゃんへの想いを拗らせているよな~」
「ま、本人は未だ自覚がないのかもしれないがな  凄い勢いで
明応での柚菜の人気を滔々と話し続け、そんな処に入学したら
悪い虫がつくって・・・安心していられないでしょ?と
安心出来ないのは私じゃなくて一那君じゃないのかって何度も
口から出そうになったよ ククク  」
「本当のところ お前だって安心出来なかっただろう?」
「まぁな    柚菜は桜華の方が合っていると思っていたから
最初から内部進学させるつもりだったけどな  一那君からは
内部進学させたらクレームがくると思っていたから、あの提案は
渡りに船だったよ」

な、なに???
カズ君が柚菜の明応進学を阻止していたって それって・・・
それにあの会話  
カズ君の柚菜に対する想いは周知の事実なの???
イヤだ イヤだ そんなの 認められない!!!

どうして?どうして柚菜は全部奪うの???

どうやって自室に戻ったのか覚えていないけれど、私は朝まで
扉に身体を押し付ける様に膝を抱えて朝を迎えた。

軋む身体にイライラしながら階段の上から柚菜が颯爽とした
足取りで玄関を出て行く姿に更に憤りを覚えた。
こんなに私の心も身体も痛いのに・・・柚菜は・・・・
憎かった 妹なのに こんな感情を抱いてはいけないのに



カズ君の心も奪い、父のあの慈愛に満ちた言葉。
私と全く違うが中学生活を送る”桜華”にさえ妬いた。

あれから父親同士の会話を無かった事にして、気がつかないフリをして
カズ君の傍に居続ける手立てを模索をし、嘘で固めた話で
居続ける努力をしたのに、
明応大学に進学しない道を選んだ柚菜を目の当たりにしたカズ君の心は
完全に私を必要としなくなってしまった。

柚菜のT大進学を受けて私が大学で居た堪れない気持ちを抱いて
過ごしていた以上にカズ君は落ち込んでしまったのか部屋から
出なくなっているらしかった。
誰もかれもが私を見掛けると口々にお祝いを言うようにカズ君にも
何かしらのアクションがあったのかもしれない。
それとも ただただ柚菜の進学先が原因なのか、細く繋がっていた
メッセージアプリを起動させる勇気は最早残っていない。


父とおじ様は溜息をつきながら打開策を考えているが
それを母が一笑付す。
「柚菜の好きにさせてあげて あの子が考えて出した結論よ。
T大出身の妻を娶れないという小さな男しか居ないのであれば
嫁になんて行かなくても今の時代、なんの不便も無いわ。」

母がよもやそんな考えの持ち主だったとはこの時まで知らなかった
学生時代に父と知り合い、就職もしないで結婚し、専業主婦だった
母は結婚至上主義だと勝手に思っていた。
だから私も母と同じようになれると思っていたし、それ以外の未来を
想像した事が無かった。
本当にこの瞬間ですら未だ私は何処かでカズ君と結婚できる未来を
夢見ていた。

柚菜も同じだと思っていたのに選んだ道は自立への一歩。

そして、何故か合格発表の日にそれは必ず手に入れるのだろうと
確信を得た力強い輝きを放っていた顔に敗北感しか感じなかった。
「おめでとう」の一言すら口にする事が出来ない私との乖離を
まざまざと見せつけられた日だった。

そこからは私と柚菜との開きはあっという間
キラキラと輝く日常を送る柚菜への嫉妬心とカズ君への執着心を拗らせながらも
他のパートナー(恋人)を求めている邪な自分。
寂しい、寂しいの・・
私には何もない
柚菜のようにキラキラした未来も、カズ君が柚菜に向ける熱視線も
周りの評価も何も無い私。
誰にも必要とされていない 
寂しい 心の穴を誰かに塞いで貰いたい・・・・
誰かに必要だと言われたい・・・それだけなのに・・・それが一番難しいのね