退院の日、迎えに来てくれた一那の車に躊躇いも無く助手席に座り、
一那は手慣れたように私のシートベルトを装着した。
その時にハッと思う。
私は自分でシートベルトをしようとしなかった事に・・
「ねぇ、私は自分でシートベルトしなかった?」
「うん、それは俺がやるからって最初に言った。」
「そっか・・身体は覚えているんだね」
急に一那は顔を逸らす。
何か不快な事を口にしてしまったのだろうか?
そう思って、覗き込むと少し涙目の一那がいて
「その言葉、嬉しい・・・」
その言葉に私も恥ずかしくなり俯いてしまう。
今から始まる2人の生活はこんな事で動揺していて
心臓が壊れないか心配になってしまう。
だって、私の恋心は未だ高校生・・・ほんの少しでも追いつくように
心掛けはしているけれど、まだまだ追いつかない。

病院からマンションまでの道のりは見知った道路もあるが、
マンション近くになると、そこは馴染みのない通りだった。
聳え立つタワーマンションの地下駐車場に駐車した時は
「やっぱり」と思ったのは御曹司らしいからなのか?
それともさっきのシートベルトの時の様に深層に何かがあるのかは
解らないが、フッと思った
「マンション生活って初めて」と口にすると
「前も同じこと言ってたな~俺も初めてだからドキドキするわって
言ったのを覚えている。」
「私、成長してないですね。」
「いや、変わってないんだよ。それで良いんだ。」

当たり前の様にコンシェルジュに
「奥様、退院おめでとうございます」と言われた時は自分の事とは
解らず、返事が遅れたが
「妻を心配してくれて有難う」の返しに助けられた。
妻、奥様、どちらも私には馴染みが薄い言葉。
なのに不快じゃなくて寧ろ嬉しくて笑みが零れてしまったのを
コンシェルジュは暖かく微笑み返してくれた。
一那には気付かれませんようにと願いながら。

そんな些細な願いは叶わず直通のエレベータに乗り込むと
「今の笑顔、スキ」と言って突然私の頬にキスを落とした。

病院で一度だけ車椅子の後ろからハグされた以外に性的な触れ合いは
無かった。
凄く吃驚して身体が固まってしまい思考もそこでSTOPした。

夫婦なのだから当たり前のスキンシップに過剰に反応してしまう
自分の実年齢と精神年齢の乖離に今更ながら不安になったのは
この先の事を想像してしまったから。