少し身体が良くなってきたからか、背中に入っていた麻酔がとれたせいか、
鎮痛剤が弱くなったからか、不安で夜中にコッソリ目を開け天井
を見続ける夜が訪れるようになった
一那の規則正しい寝息が聞こえ、安心する夜もあれば、
廊下を走る不穏な足音に怯える夜もある。
勝手な事にそんな夜は話さなくても、抱きしめられていなくても
大好きな人の寝息がどれほど支えになったか
一人ぼっちでただ白い天井を見つめなくてはならない恐怖から逃れられる
安心感を一那に抱いていた。
口では家で寝て欲しいという癖に、心は一那に居て欲しいと思っている
矛盾している気持ちに心で謝っていた。

彼の寝顔を見る度に嬉しさを隠しきれない自分に、戸惑い、
その頬に触れたいと思うのは初恋を拗らせたせいなのか、それとも
夫婦として生活してきた潜在意識のなせる業なのか、解らないでいる。
心の中では呼びすてにしているのに現実では一那の名前を呼ばないですむように
言葉を未だ選んで会話している。
心の中で呼び捨てにするのに全く違和感が無いのは馴れたのか、それとも
本当に昔の呼び方を心の奥底で覚えているのか、私には判断出来ないけれど
何度も何度も”一那”と言いたくて言いたくて様子を窺っているのに
タイミングが解らなくて思いは空を切る。

一那との病室でする会話をきっかけに少しずつ2人の関係が見えてきていはいた。
当初、心配したように妊娠した事もないし、脅迫して結婚を迫ったわけでも
無い事が解り、心底安心した事を打ち明けると一那は大笑いをし

「俺が柚菜を脅迫して結婚に持ち込むことはあっても逆は無い事は
誰もが知っている。」
と言われた時にはほんの少し安心し、心の奥がジンと熱くなった。

一那のご両親とお話をジックリした記憶は遠い中学生の頃が最後だったから
自分が2人の目にどう映っているのか、会うまでは心配だった。
少し落ち着いた頃に一那と3人で来てくれたのは多分、そんな不安を
敏感に感じ取ってくれたからだと心にスッとはいってきた。
お二人は涙を流して「良かった、良かった」と言ってくれ
その姿に嫌われていなくてホッと胸を撫で下ろす。

ただ、私が一那を未だに呼べないのと同じようにパパ、ママと呼べず、
「お二人にはご迷惑をお掛けしました」と口にすると、
おば様は悲しいそうな顔で、おじ様に視線を移したのを見た時は
罪悪感が湧き、誰も居ない時に練習しようと誓った。
自分の勝手で人をむやみに傷つけてはいけない。何故か強くそう思う。

入院中、毎日病室に帰って来てくれる一那に少しずつだけれど、親近感も湧き
緊張する事も無くなり、帰って来てくれるのを楽しみに待つようになって
いったのは、ズーっと好きな人と居られるという感情だからなのか?
心の何処か奥の方に夫婦としての歴史が残っているからなのか?
解らないけれど、幸せな気持ちが占めはじめてしまうのに抗えない。

多分、そこまで一那は考えて泊まり込んでいたのかもしれない、母に
「柚菜は俺と居ても緊張していないので退院後はマンションに連れて帰ります。
お義母さんの気持ちも理解できるので日中はお願いします。」
と頭を下げてくれた。
母は苦笑いしながら
「お願いしますって・・・柚菜は一那君のモノなのね。」と少し寂しそうに
笑った目尻に光るモノを見たのは触れられなかった。