翌朝、看護師さんの声で目覚めると、一那の姿はもう無かった。
ベッドを見ると微かに乱れた寝具で、そこに確かに居たのを確認する
事が出来る位、何時出て行ったのかさえ皆目見当もつかなかった。
今までもこんな早くに会社に行っていたのだろう・・
だから簡易ベッドで寝ている事に気がつかないでいた。
自分の鈍感さを恥じてしまう。
どこまでも負担を強いてしまい
加瀬家の御曹司に申し訳ない事をしてしまった。
それでも大好きだった人が自分の傍にいてくれた安心感に
心の奥が温かくなる感覚とズキンと痛む感覚の両方を感じた事には
気がつかないフリをした。



入院患者の一日なんて凄く退屈だ。
特別室だから面会時間は基本的には存在していないのと同じ。
だけど、母には少し休んで欲しくて毎日来なくてもと話したが、
面会時間になると必ず私の好きな食べ物持参で来てくれる。
それ以外は、廊下をリハビリの為に歩く事や売店に行ったり、
カフェに行ったりして過ごすしかなかった。
とにかく歩く事、それから買い食いをドンドンして体力を回復させて
欲しい若い先生が話してくれた。
多分、私と3歳差位の話しやすい先生。

「先生、私・・・」と話しかけようとした時に急に襲う頭痛。

「イタ・・」
「加瀬さん、大丈夫ですか?」
「はい。なんだか急に頭痛が・・・時々あるのですが・・・」

先生は少し考え込むように頬に手を当ててる。

「僕は専門じゃないので・・・もしかしたら 何か思い出そうと
したんじゃないでしょうか?」
「そうなんでしょうかね?」

答えは先生でも解らない。
でも、私は何かに反応した事は間違いではないのだろう・・・
先生(医師)にトラウマでもあるのだろうか?

一人ぼっちの病室で考えるのはネガティブな事ばかり。
どうして姉が家を出たのかもわからずじまい。
それを誰に聞いて良いのかも皆目見当がつかない・・・嘘だ。
私は解っている。一那に聞くべきだと。
でも、臆病者の私は聞けないでいる。
心の何処かにある言い知れない恐怖が何だか解らなくて
もしかしたらそれは姉が家を出た事と関係しているのではと
勘ぐっている。
それを聞いたら一那との関係に何らかの影響を及ぼすような気がして
ならない。
だから怖くて聞けないでいる。
心の奥ではそれは間違っていると声がするのに聞こえないフリを
今日もする。