話し合いを促した母と入れ替わるように
カズ君が入って来た。
その姿は私の知っているカズ君とは程遠く、
いつもパリッとした洋服を着て、スキの無い雰囲気を出しているカズ君とは
違い、全体的に疲れていた。

夫婦だと言われ、戸惑いと恥ずかしさと色々な感情が押し寄せ、消化できず
何を話したら良いかも解らないし、この静けさに居心地が悪くて堪らず
しょうもない事が口から出る。

「カズ兄、家に帰っているの?」
「シャワーを浴びには帰っているけれど、柚菜の居ない家に居るのは
耐えられないから直ぐに病院に戻ってきている。」
「何処で寝てるの?」
「あそこ・・・」
指さしたそこには簡易ベッドが置かれていた。
加瀬家の御曹司が簡易ベッドで寝ているなんて
あってはならない。
「ちゃんと家に帰ってベッドで寝て。ただでさえ私の事で迷惑をかけていて
疲労が溜まっているのに」
「迷惑なんかじゃないし、疲れてもいないから大丈夫。
でも、柚菜不足だから・・少しだけ  柚菜に触れるのを今は許して」
そう言ってカズ君は車椅子の後ろから私をハグした。

あ~カズ君の匂いだ・・・・

私、五感の何処かでこの匂い覚えている。
ハッキリとは思い出せないけれど。
抱きしめられた記憶も、こんな風に甘い言葉を言われた事も
覚えていないし、緊張はするけれど嫌じゃなかった。

「ねぇ、カズ兄 私達はどうして結婚したの?私、何かカズ兄の
弱味でも握って脅かしたの?」

その言葉に私の肩に乗っていたカズ兄の顎から緊張する強張りが私の肩に
伝わる。
やっぱり・・・
「ごめんなさい。謝って済む問題じゃない事も解っています。
カズ兄が本当に好きな人と結婚出来なくてさせてしまってゴメンなさい。」
「柚菜、何を言っているの・・・」
「私は今やその脅した材料も覚えていません。だからカズ兄、離婚して下さい。
そして本当にしたかった人と(お姉ちゃんと)結婚して。
戸籍を汚してゴメンなさい」

申し訳なくて申し訳なくて 涙がポロポロと自分の膝の上で握りしめた
拳の上に落ちてはパジャマにシミを作る。
「柚菜、柚菜、落ち着いて・・柚菜は俺を脅かしてないよ。だって俺に
脅かすような何かなんて無いもん。」
「じゃあ、私がカズ兄を押し倒して責任取れみたいな事を?したの?
妊娠したとか騒いだとか?」
「残念ながら妊娠してないよ・・一層の事妊娠していたら良かったのに・・」
その声は本当に悲しそうな声だった。
「カズ兄、ごめんね。 覚えてなくて・・」
「覚えてないのは仕方が無いよ。柚菜が好きで忘れた訳じゃない・・・
でも、俺に好きな人とか・・そんな風に思われているのが悲しいんだ・・・俺は
柚菜が好きなのに・・・・」
「私を好き???」
「どうしてそこ疑問形にになるの?」
「だって・・・カズ兄は‥私を幼馴染としか見ていないと・・」
「そんな事ない!柚菜は何か勘違いしている。」
その時、ブルブルとカズ君の身体から携帯が振動するのが伝わる。
「ゴメン。会社からだ・・・・」
そう言って洗面所に入っていった。
カズ君の声が段々遠くなるのは検査で身体が疲れたからだろうか?
少しだけ、カズ君が戻って来るまでの少しの間だけ・・・そう思って
瞼を閉じた。