ほんとだ。矢島さん黙々と作業をこなしてる。私も負けてられない...!
目指せ!パン友作り!...じゃなくて...目指せ!ぴよ吉ポンチョ完成!
その日はもう暗いので材料を買うのは後日、お店を買いに行くことにした。
「おばあちゃん来たよ」
「日和ちゃん。いらっしゃい」
日和は放課後必ず祖母の家に寄っている。
昼間は母が来て、祖母の話し相手になってから父と一緒にパンを売りに行く。
日和も同じく、少しの時間でもつくって祖母の話し相手になっている。
成長した孫と話す祖母はとても嬉しそうだ。
「おばあちゃん調子はどう?」
「今日は調子いいね〜。日和ちゃんが来てから元気になっている気がするよ」
「良かった。あのね、文化祭でハロウィンの仮装をすることになったんだよ」
「まぁ〜それは凄いね。日和ちゃんはなんのオバケになるんだい?」
「私はねオバケじゃなくて、ぴよ吉さんの衣装を作ることにしたんだ」
「まあまあぴよ吉さんかい。日和ちゃんにピッタリだね〜」
「友だちもね、そう言ってくれたんだ。えーとねぇ...これこれ!」
日和は今日考えたぴよ吉ポンチョのイラストを祖母に見せた。
「あら可愛いわね。これを作るの?」
「うん。そうだよ」
「いいわね。おばあちゃんも一緒に作りたいわ」
「おばあちゃんも!?」
「えぇ。ダメかしら...」
「ダメじゃないけど....」
日和は迷った。祖母と衣装作りをできるのは嬉しいけど、体調のことを考えればあまり無理はさせたくない。
その無理がきっかけで祖母の体調が悪化したらと考えるととても不安になる。
「いいんじゃないの」
「ママ...!」
「日和はおばあちゃんの体調を気にしているのよね?」
「...うん。もし、無理をして体調を悪くしたらどうしよって....」
「日和ちゃん...」
「でもね、おばあちゃんはそれでも日和と衣装を作りたいのよ。
ずっと会えなかった分、おばあちゃんは日和との思い出をたくさんつくって、残り少ない時間を、楽しい人生を歩みたい。そう思っているんじゃないかしら」
「そうなの?おばあちゃん」
「えぇ。おばあちゃんはね、日和とまた会えなくなったらどうしようっていつも思っているの。おばあちゃんの残された時間は少ないから。
だから今は日和との思い出がたくさん欲しいのよ。もちろん、日和が迷惑ならおばあちゃんは諦めるわ....」
「ううん。迷惑じゃないよ...!私はママの言う通り、おばあちゃんの体調が心配で。一緒にやろう。私もおばあちゃんと一緒に作りたい...!」
少しでもおばあちゃんとの思い出をつくりたい。
おばあちゃんと一緒にいられる時間は少ないかもしれない。
だから、その少ない時間でも一緒にいて、最高の思い出を最後までプレゼントしたい...!
私にできるのはこれくらいしかないから。
「ありがとうね日和ちゃん」
祖母は日和の言葉に涙を流した。
孫が自分を思う優しい気持ち。なにより、孫の成長を心から感じた。
「でもおばあちゃん。無理はしたらダメだよ?少しでも調子悪そうだったら作業は中止するからね」
「分かってるよ。約束するわ」
それからの日和は、放課後は手芸部に行き広瀬にアドバイスをもらいながら、つくった設計図を元に、作業を開始。
その日のうちに型紙つくり、裁断まで終わせることまで出来た。
学校の帰りは祖母の家に行って、夕飯を食べてから仮縫いの作業を一緒に行った。
裁縫が得意な祖母は昔から使っていた道具を押し入れから引っ張り出し、日和に裁縫の基本を教えながら衣装作りに励む。
「おばあちゃん仮縫い終わったよ」
祖母の教えもあって、日和の裁縫の技術はみるみる上達し、祖母の手を借りなくてもある程度まで縫えるようになった。
「よくできたわね。もう少しで完成ね。おばあちゃん早くこれを着た日和ちゃんが見たいわ」
「私も、早くこれを着た姿をおばあちゃんに見せたい...!」
次の日も、また次の日も手芸部と祖母の家でポンチョ作りを進めていよいよ最終段階にたどり着いた。
ミシンで丁寧に縫って、その強度を高める。
文化祭まであと少し。
急ピッチで作業を進めていると、同じく手芸部に通う木乃実の衣装が完成した。
「おぉ〜!これはこれは...!」
広瀬含め、周りの部員や日和と同じように手芸部に通う生徒たちが木乃実が作った衣装の完成度に驚いた。
「凄い...!」
その完成度に思わず声が出た日和。
矢島さん、こんな素敵なドレスを1人で作るなんて。
そう。木乃実が作ったのは、ハロウィンの仮装の魔女やドラキュラとかではなく、パーティなどで着るドレスだった。
そのドレスはフィッシュテールと呼ばれる形で、色は薄いピンク。スカートの周りにはレースが縫われている。
「素晴らしいですね矢島さん。私もこの部に3年間所属していますがこれ程クオリティの高い作品は初めて見ました」
広瀬が感激していると、手芸部の教室に桐斗がやって来た。
「すいません矢島いますか?」
「桐斗くん」
「日和もいたのか。あ!おい木乃実。一緒に帰ると言っといて何時間待たせるんだよ!?」
一緒に帰る約束してたんだ。矢島さんって確か放課後になってからずっといたよね。
きっと、集中していたから時間を忘れていたんだね。
「ん?それ、日和の仮装用のやつか?」
「そうだよ」
「ヒヨコか?なんか見たことがあるような...」
「ぴよ吉さんだよ。ほら、私がよく食べているパンの」
「あぁー思い出した。なんか昔からそんなのいたな。確か日和が描いていた」
「そうそう!」
桐斗は日和との会話に夢中になっていて木乃実のことをすっかり忘れていた。
衣装が完成したことを報告したい木乃実は必死に桐斗に話しかけたが、声が小さくて聞こえていない。
「き、きりと...。衣装...」
「お前ってほんとヒヨコ好きだな」
日和と話す桐斗の姿は木乃実と話しているときより楽しそうだった。
木乃実はそのことにショックを受けて、黙って教室を出ていった。
「桐斗くん。矢島さん....」
「さっき出ていきましたよ。何やら、悲しそうな顔をしてましたよ」
桐斗は、広瀬から木乃実の様子を聞いて慌てて追いかけた。
「矢島さんは彼に必死に話しかけていたんですけど、聞こえなかったんでしょうね。それにショックを受けたのかと」
それだけなんだろうか。日和は心配になり、2人のあとを追いかけた。
「木乃実...!待てよ!」
すぐに追いついて、木乃実のことを何度も呼んだ桐斗。
しかし木乃実は聞く耳を持たず、スタスタと早歩きで桐斗との距離を遠ざけている。
「はぁ....。お前はいつもそうだよな。何かあるとすぐ黙って話そうとしない。いるとほんと、疲れるな。日和と話している方が俺的には楽しいわ」
木乃実に呆れた桐斗の口から本音が溢れ始めた。
「高校生になったんだからいい加減自分で話せよ......」
「桐斗に何が分かるのよ!?私は私なりに話そうと頑張っているのに....余計なお世話よ!別に話さなくたってやっていけるし......」
堪忍袋の緒が切れた木乃実は感情に任せるまま、桐斗にぶつけた。
木乃実自身もこのままじゃいけないことは分かっている。
それでも今まであまり話さなかった分、人と話すのはとてもハードルが高い。
「衣装、見てほしかった。桐斗に見せて褒めてほしかった。なのに、日和日和って....。私より中原さんとの会話の方が最近多いし」
声が届かない、自分の気持ちが伝えられない。
唯一伝えられる桐斗は最近ずっと、日和と話してばかりで寂しい思いをしていた木乃実。
「それは日和が転校してきたばっかっで、少しでもここのことを教えようと。木乃実だって最近ずっと、手芸部で衣装作ってたじゃないか!?」
そんなに日和が大切か。
木乃実は今の桐斗には自分が見えていないことを知り、日和を恨む気持ちが生まれた。
「はぁはぁ。2人は?」
2人のあとを追ってきた日和がようやく追いついた。
いた...!ケンカしてる!?ど、どうしよう。
「アンタ...」
「日和!?」
日和に気づいた2人。すると木乃実が日和に近づいてきた。
「アンタには絶対に負けたくない...!私と勝負しなさい!」
そ、それって宣戦布告....!?何が一体どうなっているの!?
突然の木乃実の発言から一夜が明ける。
昨日は突然矢島さんに宣戦布告されました。
あの時、ケンカしているのはなんとなく分かっていたけど、それでなんで急に勝負を仕掛けられたの?
いまだ状況がよく分かっていません。理由も聞けずに矢島さん帰っちゃったからな。
そしてその矢島さんは今、私の席の前に座って私をじーっと見ています....。
教室でぴよ吉さんのポンチョ作っていた日和。
だが、木乃実にずっと見つめられていて集中できないでいた。
「矢島さん。なんで私をずっと見ているの?」
じーーー。
「私、今文化祭で着るポンチョを作っていて、最後の仕上げだから集中したいんだけど....」
じーーーーーーーー・・・。
「....あ!矢島さんの衣装可愛かったよ。細かいところまで作り上げていて。私のはそこまで細かくやる要素ないけど、矢島さんの衣装のように素敵な感じに仕上がるといいな!」
「あんなの大したことないし....」
「そんなことないよ!私だって、広瀬先輩も周りにいた皆も矢島さんのドレスに感動してたよ。それくらい凄いんだよ!矢島さんのドレスは」
「桐斗に褒められないと意味ないの...。私はそのためにあのドレスを作ったんだから」
一番仲のいい桐斗に見てもらいたい。木乃実にとってそれは、とても大切なことだった。
「なんで桐斗くんに褒められたいの?」
「私、何も出来ないし、話すのも苦手だからひとつでも多く頑張ったことを桐斗に褒められたいの。『よく、頑張ったな』って。それなのに、昨日は私のこと見向きもしないでアンタと話してばかり。意味分かんない」
「ご、ごめんね。それに早く気づけていれば、こんな事にはならなかったのに」
頑張ったら褒められたい気持ちはよく分かる。褒められるってとても嬉しいことだよね。
それが例え、小さいことでもその人にとってはとても大切なこと。
「アンタが謝る必要ないよ。私の声が小さかったのが悪いんだし...」
日和は悪くない。自分の声の小さいのが原因だと分かっているが、どうしても認めたくない気持ちもある。
「矢島さん....」
木乃実の悲しい顔に日和は胸を痛めた。
それほどまでに思い詰めていたことを知った日和は何か2人の力になりたいと思った。
2人をこのままにしておけない。
矢島さんが桐斗くんに話しかけられなかったのは私と話していたから。なら、私にもその責任がある。
だから私は2人がまた以前のように話せるようにしてあげたい。
曖昧な気持ちのまま過ごしていたらお互い気まづいだけだもん。