【完】好きだからそばにいるんだよ

気づけば日和は眠りについていた。その寝顔がとても安心しきっていた。







「ようやく笑ってくれたな。これからまたキミは悲しい思いをするかもしれない。だけどその時は俺がまた、キミの気持ちを受け止める」








病院で苦しんでいる時、俺はどうしていいか分からなかった。自分も怖いという感情になったからだ。







それ以上にキミは大切な人の死をまじかに感じているというのに...。







自分が情けない。あの時1番、俺がキミを支えなければならないはずなのに俺はあんな事しかできなかった。






文化祭の時、日和はのんびりな自分を卒業すると言っていた。俺も見習って情けない自分を卒業しないとな。





どんな時でも安心感を与えられる男になりたい。そしたら日和はもっと俺を頼ってくれるかもしれない。







今はまだ伝えられないが、いつか伝えたい言葉がある。







「俺の気持ちはキミが考えている以上に抑えきれなくなっているんだよ...日和...」






「白矢くん?ん〜...むにゃむにゃ...。スースー....」







起きたと思った日和はまた目を閉じ、再び眠りについた。








ガチャ





「白矢。遅かったな」





「日和と少し話していたんだ。皆は?」





帰宅した白矢は日和を布団に寝かせて、桐斗にあれからどうなったか聞く。





「木乃実はあのまま寝ちゃってな。他の皆も奥で寝ている。さっきおばさんから連絡があって、おばあさんの意識ははっきりしてきたそうだ。日和が目を覚ましたら病院に来るよう、伝えてくれってさ」





「そうか。俺も少し休む」







さすがに疲れた。今は安心して過ごせる時間なんだ。またいつ、日和が困ってもいいように俺もここで休もう。







支えなきゃいけない俺が疲れていたら支えられる人も支えられない。








「俺も休むか。ずっと起きていたからさすがに脳が働かねー」
皆が起きたのはお昼すぎ。先に起きた美華、紬、凛は皆の食事を作っていた。






「わぁ...!これ、みかっちたちが作ったの?美味しそう」








お野菜はスープ、お肉は野菜を中に入れて巻いて焼かれていた。








そこに鍋の残りの汁で作った雑炊もある。これは将流くんがまた作ってくれたのかな?








みかっちたちが考えて作ったご飯。迷惑かけたのに、ここまでしてもらえるなんて。私、また涙が出そうだよ。







これは味わって食べないと。いただきます...!






「材料は鍋の残りがあったからそれで済ませたんだけどどう?」








「つーちゃんこれ、美味しいよ...!おかわり!」






味わって食べるって決めたけど、美味しすぎて早く次を食べたいと思ってしまうくらい美味しい。







「日和が元気でなにより。ね、白矢くん」






凛の他にもここにいる皆は日和をとても心配していた。食欲があるか、また涙を流すことになるんじゃないか。






食事をするまでその不安は続いていたが、日和の食欲を見て一安心した一同。







「あぁ。日和、これ食べたらおばあさんのところに行くんだろ?」







「うん。面会時間は夕方までだから早めに行きたいな。もぐもぐ」







ご飯を食べていた日和は見覚えのある食べ物を口に頬張り始めた。







「日和?今ご飯食べたのに何食べてるの?」







あまりに衝撃的だったため、木乃実はあ然としてしまった。







「ん?どうしたの皆。私の顔に何か付いてるの?」







「あんたねぇ...。なんでぴよ吉パン食べてるの!?」







「えと、これはデザートで...。やっぱり、落ち込んだ時はぴよ吉パンを食べて元気を出さないとね!」







日和の前向きな回答に、一同は大笑い。いつもの日和だ。皆そう思った。






わっ!?み、皆何笑ってるの?ぴよ吉パンはいつも食べているのに。






「日和らしいな。ふふっ」







「白矢くんも。どうしてそんなに笑ってるの?もぐり」








食べている顔が変だったのかな?今度ぴよ吉パンを食べている顔を鏡で見てみよう。








それにしてもぴよ吉パンは変わらず美味しいな〜。あと、3つは食べれるね。






もぐもぐもぐもぐ... もぐもぐもぐもぐ....






ぴよ吉パンは日和にとって、元気の源。そして、祖母が与えてくれた笑顔になる魔法のパンだ。
食事を済ませた日和は白矢と一緒に祖母が待つ病院へと向かった。








受付で祖母の病室を聞き、その部屋に行くと、元気に食事をしている祖母の姿があった。








「あら日和ちゃん来てくれたの?」







「おばぁちゃん...!」






おばぁちゃんだ。いつも元気で優しい笑顔をする、私の大切なおばぁちゃん。






会えて嬉しい。生きていてくれて嬉しいよ。元気にご飯を食べていた。こんなに元気になってくれたんだね。








病院にも関わず、日和は元気な祖母を見て思わずはしゃいでしまった。








「あらあら心配かけたね。もう、大丈夫だから」






温かい。おばぁちゃんの匂いだ。






「うぅ...ひっく。おばぁちゃん、本当に良かった...」







「ふふ。日和ちゃんの声、ちゃんと聞こえていたよ。それに、木乃実ちゃんの声も。ありがとね。おばぁちゃんのことを大切に思ってくれて。おばぁちゃんは幸せだよ。日和ちゃん、おばぁちゃんはこれからも頑張って生きるよ。ひ孫の顔も見たいし」








祖母は白矢に目線を送った。







「えっ!?」





え?え?!えぇーーー!?おおおばぁちゃん!?もしかして私と白矢くんのこと、気づいてる!?ていうか、ひ孫って...!






「おばぁちゃん!まだ早いよ...。それに白矢くんとはそんな///」







動揺する日和とは正反対に、白矢は寒気が起こっていた。なぜならすぐ隣で日和の父が白矢を睨んでいたからだ。






「日和はまだ嫁には行かせん...!」






いつもはあまり大声を出さないパパが大声を出した!?必死になりすぎだよ。







「あら。私はいいわよ?今からでも」






ママも...!私にはまだ早いよ!






「おばぁちゃんも全然構わないよ。日和ちゃんには幸せになってほしいからね」






おばぁちゃん。私はおばぁちゃんが元気にいてくれるだけで幸せだよ?回復が早いって聞いたけど、早すぎだよ。






「ママもおばぁちゃんも気が早いよ。ねぇ白矢くん?」






白矢くんも私と同じように戸惑って、顔が赤くなっている。しかも耳まで...!






「う、うん。俺はまだ、日和さんには可愛い彼女ままでいてほしいですね」







「お前たち付き合っていたのか!?」







あ、パパは知らなかったんだ。それにしても驚きすぎだよ。







「知らなかったのはあなただけよ?」








「あんたはまだまだ鈍いね。子供の頃とちっとも変わらない」








母と祖母にトドメを刺された父は静かに落ち込んでいった。
パパがこの世の終わりみたいに落ち込んでいる。安心して。私はまだ、お嫁さんに行かないから。






白矢くんの可愛い彼女にしばらくいるつもりだから。






その言葉ですら、娘が遠くなっていく悲しい言葉なのであった...。







「そうだ日和。おばぁちゃん、1週間後に退院するんだけどね、おばぁちゃんは本格的な治療するために大学病院に行くことになったんだよ」







パパのことはいいんだ。さすがママ。切り替えが早い。







母は今朝、医師に説明にしていもらったことを日和に話す。日和は祖母の退院を心から喜んだ。








「そうなの!?おばぁちゃん良かったね」








大きな病院で治療を受ければおばぁちゃんは今よりも外に出れる機会が増えることになる。おばぁちゃんと一緒に出かけられるんだ。









「しかもその病院は元々住んでいた街で」







「てことは近いうちにまた引越し?」







「そういうことになるね。日和も大変かもしれないけど、おばぁちゃんのために頑張ってくれる?」








「もちろん!ここに引越してくる時だって、おばぁちゃんのために私が自分で決めたことだもん。今回だって全然大丈夫だよ!」








そうか。木乃実ちゃんたちといられるのはもうすぐで最後なんだ。









みかっちたちとまた学校生活を送れるのは嬉しいけど、せっかくできた友達だから寂しいな。
家に帰り、日和は留守番をしていた美華たちにまた引越すことに報告した。







「日和帰ってくるの!?」







「そうだよりーちゃん。1月の下旬にはってママが言ってた」







美華たちはもちろん嬉しい気持ちでいっぱいだ。けど、桐斗たちは違う。日和と別れる寂しさを感じていた。









「そうかもう...。早いな。ここに来てまだ、半年も経ってないのにな」






桐斗くん...。





「せっかくお友達になれたのに残念ですな」






広瀬先輩...。






日和と共に衣装を作った広瀬も残念な気持ちになっていた。








「全くです。来年の大会にも参加してほしかったのに」







「それはちょっと...。でも将流くん、次やる時も沢山お客さんも盛り上げてね!」






将流くんならいつでも人を楽しませれることが出来るよ。文化祭であれだけの人を楽しませることが出来たんだから...!







「はい!次は桐斗さんにも手伝ってもらうとしましょう。それと矢島さんにも!」








「私は絶対出ない。でも桐斗なら面白いことしてくれるんじゃないの?」












強制的に桐斗を大会に参加させて楽しもうとしている木乃実。将流はそれを聞いてノリノリになる。







木乃実ちゃんはもう、こりごりだよね。元から人前に立つのは得意ではなかったし。







それでも木乃実ちゃんはあのステージに立つことが出来た。








その一言は『くだらない』だったけど、私と初めて会った頃より、成長したよ...!








「勝手に決めるな!」








「怖...。だから桐斗はいつまで経っても自信がつかないんだから」








桐斗くんって、自信がなかったんだ。これは木乃実ちゃんしか分からなかったことかも。








「なんか言ったか?木乃実」









「別に。日和、次は私から会いに行くからね」






あわわわ....!またケンカが始まりそう。






「う、うん!また会おう木乃実ちゃん。桐斗くん、広瀬先輩と将流くんも!」







良かった。ケンカにはならなかった。







次の日。白矢たちは日和に見送られながら帰って行った。








次に会えるのは数週間後。引越したらまた白矢くんたちとの学校生活が始まる。









残りの時間は木乃実ちゃんや桐斗くん、広瀬先輩と将流くんとの学校生活を一日いちにち大切に過ごしたい。










最後まで私は皆と笑顔でいたいな。
一週間後、日和の祖母は退院。いよいよ引越しの荷造りが始まる。







両親が祖母の荷造りを手伝っている中、日和は自分の部屋の荷物をダンボールに詰めていた。







これはダンボールに。これは...ゴミ袋に。なかなか終わらないなぁ。たった数ヶ月とはいえ、物は結構増えたんだよね。








ぴよ吉さんのポンチョ。少し前のことなのにもう、懐かしく感じる。








いきなりステージに出てほしいって言われた時は驚いたな。将流くんの口車に乗せられて、勢いで参加したっけ。








木乃実ちゃんはあの時すぐに将流くんの演技に気づいていたな。ていうか、私が鈍かっただけかな?まぁ、いっか!









そのあと白矢くんと一緒にいられたし。えへへへへ。私、デレデレし過ぎだよね。








いけない、いけない!これじゃあ荷造りが終わらないよ!真剣にやらないと。








・・・・・。あの時の白矢くん、男の子って感じがして凄くかっこよかったな。いつもかっこいいけど。
「どうしようもないくらい白矢くんが好き....」








これを自覚してからその前以上に白矢くんを意識するようになった。胸がドキドキしてキューっと苦しくなる。







これが初めて気づいた恋という気持ち。最初は『好き』ってなんなのかよく分からなかった。









けど、離れてから再会した時、あんなに嬉しかったことは今までなかった。







離れたくない、もっといたいなんて考えてしまう。








どれだけ想っても足りないくらい白矢くんを求めてしまう。変かな?こんな気持ちになるなんて。








そうか。初恋なんだ白矢くんが。









「んー〜....。自覚すればするほど白矢くんのことが頭から離れないよ〜!」







ピコン!








日和のもとに、木乃実からメールが届く。そこには手芸部に至急来るようにとだけ書かれていた。








手芸部に今すぐ来てってなんだろう?









荷造りを中断して日和は手芸部がある、学校に向う。







この道もあと少しで最後か。晴れていれば必ずお日様を浴びることが出来たお気に入りの道。








今の学校には中庭がなくて、大好きな日向ぼっこが出来なくて最初は悲しかったけど、この道を見つけてから私の癒しが帰ってきたー!って、嬉しい気持ちになった。









学校に着いて手芸部の部室のドアを開けると突然大きな音が鳴り響いた。
「わっ!な、何?!」







「いらっしゃいませ中原さん」







広瀬が日和を歓迎する。奥を見てみると、クラッカーを持った桐斗、木乃実、将流の3人がいた。







「皆...!」








手芸部に何で皆が?それに、部室が飾り付けられている。これって一体。








「びっくりしたか?日和、今日は手芸部の部室を貸し切って、お前の送別会だ!」









送別会!?









「何まだ驚いてんのよ?さっさと座りなさいよね主役は日和なんだから」









「今日も司会はお任せあれ!中原先輩」









皆、私のために。嬉しい。








「さぁさぁ座って下さいな。これから楽しいパーティの始まりですぞ!」









日和が席に着くと、桐斗は料理が積まれたトレーを運んできた。








「日和、今日はいっぱい食べろよ?飲み物も沢山あるからな」









「うん。皆、ありがとう」









ここにいる人たちとの最後の食事か。ここにいる時間はとても短かったな。








クラスの皆ともようやく仲良くなれたところだったのに残念。








桐斗くんとは10年ぶりに再会してからずっと、私を支えてくれた。








告白された時は驚いたけどらそれでも今は大切な友だちの1人。










木乃実ちゃんとは、最初はあまり話さなくてずっと冷たい態度をとられていた。









木乃実ちゃんが作る衣装は本当に素敵なもので、私自身も引き込まれるドレスだったな。







桐斗くんとケンカした時はどうしていいか分からなかっけど、私なりに2人のことを知って、仲直りをさせることができた。










でもそれは、私のおばぁちゃんが力を貸してくれたおかげなんだよね。





広瀬先輩には文化祭の時の衣装作りでお世話になった。








木乃実ちゃんみたいに手の込んだ衣装を作るのは難しい。










それでも私なりに可愛いぴよ吉さんのポンチョが出来たのは広瀬先輩のおかげ。









おばぁちゃんと衣装作りができて楽しかったな。









将流くんには最初の頃から驚かされてばかり。








初対面でいきなり大会に参加してくださいなんて言われて。あの時は焦ったな。









演技も上手だったから私はまんまと騙されたし。









司会もお客さんを引き込むのも上手な将流くん。来年はどんな大会になるんだろう?










この大会のあとは私、白矢くんと2人っきりになったんだよね。









その後将流くんは私たちがいなくなったあとの空気を変えて、司会を続けてくれたんだっけ。










あの時はありがとう。あと、大晦日に食べたお鍋と雑炊、美味しかったよ。また食べたいな。










色んな思い出が詰まった転校生活。短かったのに、昔からいるような...そんな時間を過ごしたこの場所ともこれでお別れなんだ。